48






しん…と静まり返る車内。
降谷零はいつもよりアクセルを緩め峠の道を戻っていった。

三月は彼の車の助手席に座るのは今日が初めてだった。
助手席に座るのはいつだって彼の上司であった父。

張り詰めた空気の車内、どちらも言いたい事は山ほどあるのだが、言いしぶるかのようにどちらかが口を開く事は無い。
覚悟を決めたはずなのに静寂が三月の踏み出す1歩の邪魔をしていた。


ピピピ…ピピピ…

その静寂を破るかのように三月のスマホはけたたましく振動する。
画面には毛利蘭と表示されている。


「…出ていいですよ。」

「…どうも。…もしもし、蘭?どうしたの?」

『三月!マカデミー賞見た!?新一のお父さん受賞しちゃったね!!』

「そうみたいだね…今ちょっと外に出てるから見てないけど…録画してる。」

『え?今日退院したばっかりなのに、ダメじゃない!また入院しても知らないわよ?』

「大丈夫ですよ、蘭さん。三月さんには僕が付いていますから。」

気付けば車は路肩に止まっており、三月の耳元に顔を近付けるようにして安室は電話口に話しかけた。
彼の両の手は三月の座席の頭部のクッションと膝元真横に置かれている。
くるっと顔を向けてしまえば顔と顔がぶつかってしまうような近さだ。
三月はかあっと顔が赤くなるが、降谷は一歩も引かない。

『なんだあ、安室さんも一緒だったんですね、なら安心です。』

「しっかり家に送り届けますのでご安心ください。」

「…そういう事だから、また明日学校でね。マカデミー賞の話は、その時に。」

『うん、じゃあまた明日。』


ピッと三月が通話を切るも、安室がその場から動く事はなかった。
三月が距離を取ろうにも座席クッションへと置かれた彼の手がそれを許さない。
至近距離で見つめ合っているにも関わらずその状況を作り出している本人は無言なのだ。

切羽詰った状況…それでも口を開かない彼を見かねてか三月は意を決したように口を開いた。



「連れていって欲しい場所が…あります。」






白いRX-7がたどり着いたのは米花町から少し外れた場所にある小さな公園だった。
夜遅いせいか周りに人はいない。
三月は車を降りると安室に自分に付いてくるように促した。


「ここがどうか…しましたか。」

「小学生の頃、両親が家に戻るまでここでよく遊んでたんです。」

「ご両親…ですか。」

「はい、2人とも警察関係の仕事でした。」


三月がブランコに手をかけ座ると降谷もその近くに歩み寄った。
ブランコなんていつぶりだろうか。
あの頃より幾分も成長した三月の体は、子供用のそれで遊ぶにはもう大き過ぎる。


「両親共帰りが遅かったんです。もっと小さい頃は祖父母の家で遊んでいたんですが、2人とも亡くなってしまって…だから私、それからは父さんが昔に通っていた剣道場に通い始めたんですけど、それでも両親の仕事はまだ終わらなくて…。」

「…1人で家で留守番…という訳にはいかなかったんですか?」

「両親の仕事上、恨みを買ったりという事は多々ありましたから、私もまだ小学生でしたし1人にはさせて貰えませんでした。…父の部下の人に剣道場まで迎えに来てもらって…父か母が公園に迎えに来るまで、よく遊んでもらっていました。」


三月は地面を軽く蹴り、ブランコを動かすと空を見ながら降谷とこの公園で遊んでいたことを思い出した。
当時公安に配属されたての降谷は直ぐに三月の父の下についた。
新人の降谷に最初はキツイ残業や任務はなかったもののそれもこれも三月の父が負担を担ってくれていたから。
なにか自分に出来ることは無いか。自身の上司にそう問いかけると、彼は笑って答えたのだ。
では、娘の相手をしてくれないだろうか。


『お、お兄ちゃん…だあれ…?』

『三月ちゃん、だよね?俺は君のお父さんの部下で降谷零。お父さんのお仕事が終わるまで、一緒に遊ぼうか。』





「…随分、面倒見の良い部下なんですね。上司の子供の相手なんて。」

「すごく優しくて、大好きでした。私の話、沢山聞いてくれたし…剣道の試合に応援に来てくれたこともあったかな…」

「…三月さんは、その人が今何をしているか知っているんですか?」

「…実は私、その頃に起きた転落事故で記憶が亡くなってしまったんです。だからその歳の記憶がすっかり抜け落ちてしまっていて…。」

「そう…なんですね。」


「それを忘れて私は、中学校の時に巻き込まれた事件で助けてくれた名前も知らない人に一目惚れをしてしまって…もう会うこともないだろうと思ったその人と、実は再開したんです。…なかなか気づきませんでしたが。」

「…なかなか運命的ですね。」

「いえ、まだこれには続きがあるんです。」



三月はぐっと拳を握りしめると決意をしたかのように顔を上げた。


「その人と再開して、その人の事を好きになってしまったんです。…でも何処か違和感があった。何故彼にこんなに惹かれてしまうのか…彼は本当の彼ではないんじゃないか…。」

「言っている意味が…よくわかりませんが。」

「気付いてしまったんです。名前は違うけど昔よく遊んでくれたお兄ちゃんと、その人が同じ人だった事に。運命は続いていたんです。…だって私はこの場所で…。」





『お嫁さんにしてくれる?零君の!…だって私は零君が大好きだから…。』



「好きです。」

「…!」

「初恋の人にもそう、伝えたんですから。…零君。」









prev next

back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -