『ゼロー!』
『だから、そのあだ名で呼ぶなって言ってるだろう?』
『えー!だって私この呼び方好きだもん。』
まだ小学生の私より幾分も背の高いスーツ姿の男性は私に目線を合わせるようにしゃがんで私の頭を優しく撫でる。
『でも、何であだ名がゼロなの?』
『え?…もしかして三月、俺の名前を忘れたのか?』
『そんな事ないよ………くんでしょ?…あ!成程!』
『やれやれ、やっと気付くとは…それじゃ警察官になるのは厳しいな。』
『なんでそうなるの!?』
『警察官は体力だけじゃない、頭もいるんだぞ?宿題をきちんと出来なくてお父さんとお母さんを困らせてる三月には無理だな。』
『うう…宿題は、ちゃんとする。』
『よし、いい子だ。』
『で、でもね…』
『でも…?』
『もし、だめだったら、お嫁さんにしてくれる?』
『…は?』
『…だから、もし警察官になれなかったら、お嫁さんにしてくれる?』
『……零くんの!』
「…?どうしたの、三月姉ちゃん?」
「…!!」
工藤の声に引き戻されるかのように私は我に返った。
今の記憶って…。
「ん?どうかしたか?」
「あ…いえ…。僕のあだ名もゼロだったので、呼ばれたのかと…。」
「何でゼロ?確か名前は透だったよな?」
「透けてるって事は何も無いって事…だからゼロ…子供がつけるあだ名の法則なんて…そんなもんですよ…。」
そんな少し捻ったあだ名…子供がつけるには少し無理がある気が…
やっぱりこの人、あの写真の人と同一人物。
安室透と言う名前は組織に潜り込むための偽名、本名はおそらく…いや、間違いなく…【降谷零】
やっぱり、私は彼にあった事があるし…それに…好きだったんだ。安室さんを好きになる前から。
…じゃあ、安室さん…いや、降谷零は最初から私の事を知っていて…。
…にしても、楠田の情報はもうこの病院を探しても出てこない。私や工藤がボロを出さなければだけれども。
「へぇー、毛利先生の奥さん急性虫垂炎だったんですか…」
「ああ、焦って損したぜ…」
「でも盲腸だからって侮ると危ないらしいですよ…」
「いいんだよ、あいつに限って死ぬことなんて…」
「ダメですよ、毛利さん。…死んだら2度と会えないんですから。」
「…三月ちゃん。」
そう、死んだらもう話す事は出来ない。死んだらもう、会えない。
空気を悪くしてしまっただろうか…毛利さんはバツの悪そうな顔をしている。
少し俯いて謝罪の言葉をかけようと口を開こうとすると、それを遮るかのようにポン…と頭に誰かの手が乗った。
「大丈夫ですか?三月さん。」
「…は、はい。すみません…。」
それに反応して顔を上げると側には安室さんが、とても優しげな顔でこちらを見ていた。
その表示が昔の記憶の中の彼と重なった。
零…くん…。零君なんだよね…?本当に…
「あ、あの…安室さんて…」
「きゃああああああ!!」
その時突如、病院内に悲鳴が鳴り渡る。
「…悲鳴?」
「今の悲鳴、この部屋からだったよな…?」
悲鳴の聞こえた病室の前に駆けつけた私達は病室の扉をノックし、扉をひらいた。
「あのーー…どうかされましたか?…!?」
「伶菜!?伶菜!!!」
開いた病室の中には倒れた女性と、その周りに駆け寄る女性数人…。
倒れた女性にもう息はない…この臭い…青酸系の毒物…殺人…!!
数分もしない内に警察が駆けつけ、事情聴取が始まった。
しかし、病室で毒殺なんて…。
亡くなった須東伶菜さんはこの病室に入院している高校時代の同級生、高坂樹理さんを見舞うため、同じく同級生の友人2人と一緒にこの病院を訪れたらしい。
高坂さんが紅茶好きで今日は皆で色々な紅茶の飲み比べをしていたらしい。
「…おい、赤崎。この写真見ろよ。」
「写真…?ああ、成程。…って、私が言うの…?…警部、このスマホの写真を見てください。」
そう言って私は工藤に手渡された高坂さんのスマホ…高校時代の被害者の写真が移った画面を手渡す。
「被害者は、この写真を見る限りでは右利きです。」
「三月君、それがどうしたんだね?」
「床に落ちてるカップ…よーく見てみてよ!」
「コラ!ボウズ!勝手に捜査を掻き乱すんじゃ…」
「毛利さん。コナン君の言おうとしている事は重大な手掛かりです。」
「重大な…手掛かり…?」
私の言葉に毛利さんは工藤を持ち上げる手を下ろした。
「カップの取っ手の右の方に…口紅が付いてるじゃない!…これって左手で紅茶を飲んでたって事だよね?」
「た、確かに…。」
割れたカップを指さす工藤に警部達も納得の声を上げる。
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