しん…と静まり返る病室。
安室さんはと言うと椅子に座ったまま腕を組んで目を閉じている。
眉間にぐぐっとシワを寄せている様子を見るに、先程から何度も言うようだが、彼は機嫌が悪い。
空気に耐えきれず、目のやり場にも困り、視線をさ迷わせていると、ゆっくりと目を開けた安室さんは話し始めた。
「入院したと聞いて寿命が縮まるかと思いましたよ。」
「そんな、大袈裟ですよ。」
「……。」
「…あはは…。」
不機嫌だ…。
「そう言えば誰かお見舞いに来たんですね。フルーツバスケットが置いてある。」
「ええ、まあ。知り合いの人が…。それ以外は来てないですよ。」
嘘をついているわけじゃない。
…ただ、安室さんが赤井さんを探っている以上、誰が来たのか話すのは赤井さんとの約束を破る事になるから、言えない。
「…三月さん。打撲で入院したのではありませんよね。」
「な、何でそう思うんですか?」
「歩く時、貴方はなるべく腹部に負荷をかけないように歩いていた。時折お腹もおさえてましたよね。…階段から転落しても普通、お腹なんて打ちませんよね?」
ほら、今も。と指摘されて無意識に痛むお腹に手を置いている事に気付く。
確かに私は肩と脚の他にもお腹をベルモットに撃たれている。
私は少々、この人の事を見くびっていたのかもしれない。
「私…別にお腹なんて怪我してませんよ。」
「じゃあ、証拠を見せて下さい。」
「…え?」
そう安室さんが呟いた瞬間、急に私の目の前には病室の天井がうつった。
え、何…なんて思った時にはもう遅く、どうやら私は安室さんに押し倒されたらしい。
いつもだったらドキドキして顔を赤くする場面かな…等と一瞬考えるが、ドキドキする暇さえ与えられない…彼の表情を見てしまうと。
ヒヤリと全身が凍るような感覚に陥る。
今日の彼は、なんだか、怖い。
「や、やめ…」
「動くな。」
「あ、むろさ…」
反抗しようにも撃たれていない方の方は彼の片手で押さえられてしまっている。
逆の肩は撃たれているので動かす事は出来ない。
どうやら、撃たれた肩の場所さえも見抜かれているらしい。
安室さんはついに靴を履いたまま私の身体を踏まないようにベッドへ乗っかると、空いた手で私の患者着に手を掛けた。
「本当にただの打撲で入院しているのなら、お腹には何も無いはずですよね…?」
「あむろさん…!やめて…!」
「止めるわけないでしょう。」
「…ひ…ぁ…っ。」
患者着をぐいっと勢いよく胸の下まで持ち上げられて、肌が空気に晒される。
安室さんの触れた手が冷たくて、我ながら変な声が出たと思ったけれど今はそれどころでは無い。
私の腹部にしっかりと巻かれた包帯を彼に見られてしまったのだから、もう言い逃れは出来ない。
「……どこで…何でこんな怪我したんです。…なんでそんなバレるような事を言うんです。」
「安室さんには、関係ないです。」
「…っ関係があるから言っているんだ!」
そう声を荒らげた安室さんはどこか切なそうな表情で私を見つめた。
「なんで俺に嘘をつくんだ…」
「…!」
私は自分から嘘をつかないなんて言っておきながら…
不意に目尻から真っ直ぐ涙が落ちる。伝う涙はさらに耳を伝い、ベッドにシミを作った。
私はあなたにそんな顔をさせるために嘘をついたんじゃないのに。
安室さんの表情を見ていると胸が苦しくなった。
いやだ、やめて、そんな顔をしないで…
私の流した涙を見てか、安室さんはハッとしたように私から飛び退く。
「……すみません。」
「私も…ごめんなさい。」
2人の謝罪からは沈黙が続き、何だかいたたまれなくなって私は布団を顔を隠すように頭まで被った。
目を見て話す余裕がなかったのか、安室さんはそこから口を開いた。
「打撲で入院って聞いて…本当に心配した。」
「…はい。」
「様子を見て打撲じゃない事に気付いて、もっと心配した。それ、銃で撃たれた射創だろう?」
「…はい。」
「…顔を見せてくれないか。」
安室さんにそう言われて、私はゆっくりと布団から顔を出す。
少しだけ落ち着いた顔の安室さんが私の瞳に映る。
安室さんは目が合うとフッと微笑み私の片手を自身の手で包んだ。先程は冷たいと感じたこの手が今は暖かくて、何だか安心してしまう。
「…暫く、このままでもいいか?」
私も微笑んで頷く。
「傷、痛むか?」
「今は大丈夫。」
「手荒な事をして悪かった…怖かったろ。」
そう言った安室さんの握る手に少しだけ力がこもるのがわかった。その手は微かに震えている。
「いいんです。確かに怖かったけど…今は安室さんの優しさが伝わってくるから。」
「…そうか。」
「そ、それに、安室さんイキナリ服を捲り上げるなんて、セクハラですよ…!」
「だ、だから悪かったって…!」
そういう私に少し顔を赤くする安室さんをみて、してやったり…とか思ったり…。
それが何だか可笑しくて、目を細めて笑うと、ポン…と彼の空いている方の手が私の頭に置かれる。
…この間、赤井さんにこうされた時、私は父を思い出した。大きくて私の頭なんてすっぽり収まってしまうようなしっかりとした掌。
今私が考えている事はその時とは全然違う。
触れられた手が…頭が…熱い。
安室さんの顔を見つめて、この時間が一生続けばいいのに…なんて思ってしまう。
でも、肝心な事はいつまでたっても言えなくて…これではいつまでたっても蘭に告白出来ない工藤を笑ってなどいられない…なんて思っていると、安心したのか一気に眠気が襲ってくる。
安室さんに「眠いのか?」なんて聞かれて思わず頷いてしまった。
折角安室さんが側にいるのに、眠るなんて勿体ないな…そう思いつつ私は意識を手放し始める。
わかっている。こんな幸せがいつまでも続かない事なんて。
だからこそ、私は好きとは言えないんだ。
寝る体勢に入っているものの、まだ完全に寝付いてはいないが、どうやら安室さんは私が完全に眠ったと思ったみたいで、ゆっくりと繋がれた手が離される。
行かないで…なんて我侭は言えない。
いっそこのまま寝たふりを貫いて病室を出る彼の背中をこっそり見送ろう。
そう思っていたら、ふいに私の少しだけ開かれた口元に柔らかいものが触れた。
前にも感じたことのあるそれは、その時のように荒々しくもなく、とても優しいものだった。
私はどうやら、安室さんにキスをされたらしい。
驚きで目が開きそうになるのを抑えて私は尚、寝たふりを貫く。
彼の足音がベッドから離れていくのを感じてああ、まだいて欲しいな…なんてことを考えているとガラッと病室のスライドドアが開かれる音のしたその後に、彼は小さい声だったが、確かにそう呟いた。
「好きだ…三月…。」
それから、もう一度ガラッと音が聞こえて扉がしまり、彼が完全にこの病室から立ち去ったことを確認すると私は徐々に目を開いた。
その瞳からは…あれ、おかしいな…
溢れる涙が止まらない…。
ずるいよ、安室さん。
私だって。
「…安室さん、好き…。」
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