「出血多量で危うく死ぬ所だったらしいな。」
「お陰様で生きてますよ、赤井さん。」
沖矢昴の格好をしたFBI捜査官、赤井秀一は私の病室へ入ってきたかと思えば無言でフルーツバスケットを私に押しつけ、口を開いた。
「フルーツは嫌いだったか?」
「嫌いじゃないです。剥いてください。」
しかたない…と言う赤井さんはスッとどこかからかナイフをフルーツナイフを取り出す。
剥く気満々じゃないか。
「…赤井さん、わざわざリンゴを剥くために来たわけじゃないですよね?」
「手厳しいな。…折角人が見舞いに来たと言うのに…」
「それは、ありがとうございます。でもFBIが病院内にいるのに良く来られましたね。」
「ああ、この変装では誰も怪しまんよ。家庭教師ですと言えば直ぐに通してもらえたよ。」
勉強見てくれた事無いくせに…とジト目になる私をスルーして赤井さんはナイフから手を離すとキョロキョロと病室を見渡す。何も無い病室だが、何か気になるところでもあるのだろうか。
「毛利さん達はまだ来ていないのか?」
「教えてないですよ、入院した事は。まあでも、コナン君が今頃伝えてくれてると思いますが…」
「そうか、ならばそろそろ来るかもな。」
「いえ、今日は伊豆に行ってるので多分来ないんじゃないですかね。私も行く予定だったんですけど、流石にこの身体では…」
そうか…と赤井さんは剥いたリンゴを皿に乗せ机に置いた。
リンゴのいい香りが病室に広がる。
「ありがとうございます。」
「ああ、所で本題だが…バーボンについてだ。」
「…はい。」
「奴は俺が組織にいた頃から俺の事を敵視していた。その執念から俺の死に疑問を持ち、俺に繋がりのある者の近辺を調べているようだ。」
「近辺って…FBI?」
「そうだ。ジョディ達にも俺に変装した姿で近づいたらしい。反応を見て俺の生死を確認するためだろう…それと」
「世良真純。」
「…知っていたのか。」
「目元がそっくりですよ、お兄さん。」
そう言うと赤井さんは見た事が無いくらいとても優しく笑う。
何だかんだで妹は大切なんだ…
兄弟もいなかった私にはもう、家族と言うものがない。
親戚達は両親が殺された時にさっさと証人保護プログラムが適用され、姿を消したが私だけはこの名前を捨てられなかった。
…まあ、世間に僅かだが顔の割れている私は奴らの影から逃げる事など出来ないのだけれども。
「それで、バーボンが私に近づいて探りを入れてきてもシラを切って欲しいって事ですよね。」
「ああ、そうだ。…そして今日は君の心がどちらへ有るのかの確認をしに来た。どうやら君は本当に彼に惚れている様だからな。」
「…勘違いしないでください。私はハナから黒に染まるつもりなんてないんですよ。」
「ほお、余程の自信だな。」
「ええまあ。でも、赤井さんも見当は付いているんですよね?」
私はニヤリと赤井さんを見ると、彼は少し目を見開く。
「…君には驚かされてばかりだな。」
「ただの高校生だと思っていたら、痛い目見ますよ。」
「全くだ。」
「…それで、赤井さんに調べてもらいたいことがあって…」
「ああ、その件なら調べている所だ。」
「流石FBIきっての切れ者…私もあなたには驚かされてばかりです。」
「それは良かった。」
ふと、外へ顔を向けると、そろそろこの病室も夕日に照らされる時間で、カーテンの隙間から夕日が射し込む。夕日のせいで白い私のベッドや患者着が血に染まったように見えて少しだけ身震いする。
私はベルモットに撃たれた感覚を少しだけ思い出した。
「俯くな。…お前はもう引き返せない所まで来てしまったのだから。」
「分かってます。私がそれを選んだんですから。」
「…まあ、だが今は休め。」
そう言って私の頭に手を載せた赤井さんは、今日1番優しい顔をしていた。
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