「ベルツリー急行のミステリートレイン…ですか?」
カウンター越しにコーヒーを差し出す安室さんに私はそう答えた。
「はい、丁度チケットをせり落とせて…三月さんこういうの好きそうなので、もしよければと思って。」
「その列車、私も乗るんです。友人の園子が全員分のパスリングをくれて…だから、チケットは受け取れないんです、ごめんなさい。」
ゴソゴソと鞄の中を探り、パスリングを彼に見せる。
「そうでしたか…じゃあ列車内でご一緒しても構いませんか?」
「はい、一緒に行く人達も安室さんがいると心強いでしょうから…。」
「いえ、僕は出来れば三月さんと2人きりがいいですね。」
「あ、安室さん…。」
ふふ、と笑う安室さんに顔を赤くしていると突然、私のスマホが震える。
「はい。あ、ミステリートレインの話?うん、出発の30分前に東京駅集合だったよね?…遅刻しないよ、大丈夫!」
それじゃ、と私が電話を切ると、コチラを見詰めていたであろう安室さんと視線がぶつかった。
「三月さん、週末…楽しみですね。」
「はい。安室さんと会えるのも楽しみですよ。」
「おや、どこでそんな言葉覚えたんですか?」
「安室さんが良く私に言ってくれてるじゃないですか。」
では、また週末に、会計を済ませると手を振ってくれている安室さんに手を振り返しながら私はポアロを出た。
ピリリリ…ピリリリ…
「蘭?どうしたの?」
『三月?今度の週末の集合時間何だけど…』
「ごめん、さっき電話かかってきてさー。東京駅まで連れて行ってくれる人たちと一緒に先に乗ってるね。」
『そうなんだ!わかった、じゃあ列車内で集合にしよっか!』
「うん。ごめんね、急に変更しちゃって。」
『いいのよ!じゃあまた列車で!』
「うん。また列車でね。」
ピッと通話を切るとスマホをポケットにしまい、私は歩みを進めた。
週末、東京駅。ベルツリー急行、ミステリートレイン…
私は車内に乗り込むと、ある人物達と個室へ入った。
「…私も蘭たちと一緒にクイズを解きたかったんですけど…」
「まあ、そう言わないでください。だってあなたが僕に付き合ってもいいと言ったんじゃないですか。」
「…はいはい。」
「それに…どうやら、この騒ぎはクイズの騒ぎではないらしいですし。」
スーッとゆっくりと個室のドアをスライドさせた沖矢昴さんは私にニヤリとほほ笑みかける。
『それより車内で事故があったようですけど…何か聞いてます?』
『そ、それが殺人事件があったみたいで、今、世良さんとコナン君が現場に残ってるんですけど…』
『それなら毛利先生にお任せしたほうが良さそうかな?』
「…君の彼も乗車している見たいだな。」
「…知ってた癖に…私、嘘をつく人ってタイプじゃないんですよね。」
「困ったお嬢さんだ。」
パタンと扉を閉じると沖矢さんは私の隣でスマホを触っている女性にこう、話しかけた。
「どうやら、天は我々に味方しているようですね。」
「安室さん!」
「三月さん!」
「こんにちは…って呑気に挨拶している場合じゃないですよね、列車内で殺人事件だとか…」
「ええ…所で三月さんは今まで何処に?蘭さん達と一緒に行くと言っていた割には別行動みたいですし…」
「え、私、蘭たちと一緒に乗るなんて言いましたっけ…?」
「…!」
この間のポアロでの会話、私は園子にパスリングを貰ったとしか言っていないし、その後かかってきた電話の相手が蘭だとは一言も言っていない。あの電話は有希子おばさんからだ。
察しのいい安室さんはその事に気付いたのか驚きの目で私を見た。
「やだなあ、安室さん。つきませんよ。…あなたに嘘は。安室さんだって、私に嘘はついていませんよね。だって、競り落としたチケットが2枚“だけ”だなんて、言ってませんでしたから。」
「三月さん…。」
「じゃあ、現場へ行きましょう。今、毛利さんが答え合わせをしている所みたいですから。」
死体のある現場へ直行しようと背を向けた私の手を安室さんは掴んで止める。
「どうしたんですか、安室さん。はやく現場へ…っ!」
「黙れ…。」
ほんの一瞬のうちの出来事だった。
手を引かれ近くの空いている個室に引き込まれたかと思うと私は壁際に追い詰められた。後ろの壁と、私、そして安室さんの身体に隙間は殆どない。
「安室さん…?」
「君がいると少々厄介なんですよ。だから…」
「何を…っん!?」
急激に迫ってくる安室さんを躱せる筈もなく私と彼の距離はゼロになった。
キスなんて可愛いのもではない。
唇が重なり食む様な安室さんの口付けに驚いて声も出ないでいると口の中に違和感を感じた。
安室さんが唇を離すと私と彼の口を銀の糸が伝う。
彼はそれを舐めとって満足そうに笑うと一瞬、目を細め視線を逸らした。
「おやすみ、三月…ごめんな。」
そう呟く安室さんを視線の端に捉えたまま、視界がだんだんと霞んでいくのがわかった。
先程キスした時の違和感は、睡眠薬だ。
私は安室さんに睡眠薬を飲まされてしまった。
薄れ行く意識の中、彼へと伸ばした手は空を切って下へと堕ちていった。
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