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妹さんを見送った後、さて、私達も帰りましょうかと出口へ向かう私の手を安室さんは掴んで引き止める。



「折角水族館へ来たのに、三月さんは全然楽しめてないじゃないですか…。」

「でも、これは依頼で…」

「では、僕と本当のデート、と言うことで一緒に回ってくれませんか?」



ね、回る理由になるでしょ。と安室さんは柔らかい笑みを浮かべる。
私はこの顔に心底弱いのか否定の言葉を出すことが出来ない。
最初は彼の動向を見定めるつもりが、どうにもペースが崩されてしまう。
そんな私の疑り深い性格も安室さんの前では形無しだった。

「はい。」

照れ臭そうに小さく返すと彼は嬉しそうに笑ってくれた。

安室さんに手を引かれたまま先程はじっくりと回ることが出来なかったエリアをゆっくりと鑑賞する。


「それで、この魚の名前が言葉の語源に…」

「そうだったんですね!知らなかった…。」


本当にこの人は、何でも知ってるなあ…
知識を交えて説明してくれる安室さんに連れられて順路を進む。


「探偵たるもの、この程度の事は知っておかなくては。」

「成程、私もまだまだ勉強不足ですね。」

「…なんて、本当はここへ来るまでに必死に調べたんですよ。三月さんにカッコ悪い姿は見せられませんから。」

「え…あー、ほら!クラゲですよ!かわいいなあ…。」


こうやって隙を付いてくるので、本当に彼は油断ならない。
安室さんが私の顔を見て笑っているのを見る限り、赤くなった顔は彼からはバレバレなんだろう。

違うエリアに入り、人が多くなる度、私達の距離はどんどん近くなる。
肩と肩が触れ合う度、どうしても距離を取ってしまう。しかし、その距離が離れることはない。


「三月さん。このエリアから少し暗くなります。足元、気を付けて。」

「ありがとうございます。」


安室さんは少し私を引き寄せて歩く。先程よりも距離は近い。
おかしい、どうしてだろう。
緊張するのに、とても居心地が良いと感じてしまうのは。

「安室さん、今日は付いてきてくれて、ありがとうございます。」

「いえ、僕も探偵としての三月さんの姿が見られて満足ですから。」

「大した事はしていませんよ。高校生探偵なんて言われてますけど、私はまだ、自分では何も出来ない子供ですから。」

「…そんなことは無いですよ。」

「どうして、そう思うんですか。」


立ち止まり、真っ直ぐに彼を見据える。
彼もまた目を逸らすことなく私を真っ直ぐ見詰めた。


「それは、あなただからです。」

「私、だから…?」



「“本当の強さとは知能や武力で測ることは出来ない。測ることが出来るのだとすればそれは…優しさ。”」


ドクン、その言葉に胸が大きく脈を打つ音が自分でも分かった。


「…その言葉を何処で…!」


彼は一瞬たりとも私から視線を外す事なく呟く。
呟いたその言葉は私が最も大切にしていた人の言葉。何度も何度も、私にくれた言葉。

思わず1歩後ろへ下がってしまったが、人混みに押し返され、今度は反対に私は安室さんの方へ押し出された。
衝撃でよろめいてしまった私の身体を安室さんは優しく抱きとめた。

そのまま彼の手は私の背中に回り、私の顔と彼の胸が密着する。その距離はゼロ。
気付けば、壁に寄りかかる彼に、私は抱き締められていた。

「…安室さん?」

「好きになってはいけない人…か。」

「……。」

「まだ…話す事は出来ませんが…これだけは言わせて下さい。」

胸から顔を話し視線を彼へと戻す。背中に回った腕が解かれる事は無い。


「俺は、お前にだけは嘘はつかない。」



一瞬で周りの空気が変わった気がした。
いつもと口調の違う彼の瞳の奥に、私は強い信念のような物を感じた。ひょっとしたら、こっちが本当の……


真剣な眼差しで見つめられ、瞬きをしてしまうと、逸らしてしまうと、口を開こうとするとすべてを飲み込まれてしまいそうな、そんな感覚に陥る。


「信じてくれ。」


だから、返事の代わりに、私は彼の服を強く握り締めた。


離さないように。







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