「え、月皇さんはお付き合いされてる方がいたんですか?」
「いたよ、丁度華咲さんくらいの頃だったかな。」
懐かしそうし、愛おしそうに遥斗さんは私から少し視線を外した先を見る。
「告白は俺からだったなあ。何度も断られてたけどね。彼女も華咲さんみたいに技術学科で…よく発表会で一緒になってさ。」
まるで私と星谷君たちの様な関係だったと言う。
彼女は好きと言った遥斗さんに何と返したのだろうか。
どういう想いで、言葉で、彼を受け入れたのだろうか。
「月皇さんが振り向かせたって事ですか?なんだかドラマみたいで素敵です。」
「いいや、多分最初から両想いだったさ。」
そう言う遥斗さんに唖然としてしまう。しかし、少し考えれば何故彼女が答えを渋ったのか、私には分かる気がした。
「彼女、自分のせいで稽古が疎かになるって思ってたみたいでさ。」
ああ、やっぱりそうだった。
見事的中させてしまった私は苦笑いが隠しきれない。
「私も、そう思うかもしれないです。」
「ええ、華咲さんも?そんな事ないんだけどなあ。」
「きっと、夢中になり過ぎて自分も、遥斗さんも周りが見えなくなってしまうのが恐かったんだと思います。」
恋ってきっとそう言うものだから。
そう私が言うと遥斗さんは言い咎める理由でもなく、柔らかい笑みを浮かべた。
「そうか、君は…ホントの好きを知らない。」
「本当の…好き、ですか。」
「口で言うより見た方が分かりやすいかな。」
遥斗さんはそう言うと、思ったより再会の日は早いかもね。と、私に一枚の封筒を渡した。
「…これは?」
「開けてみてのお楽しみ、かな。じゃあ、明日からも研修頑張って!」
「は、はい。ありがとうございました!」
深々と遥斗さんにお辞儀をすると、私もカバンを背負い直しスタジオを後にした。
本当の好きとは、一体何のことだろうか。
寮へ帰り、寮食を食べる。夏休み中だからか生徒は帰省や研修等で殆ど見かけなかった。
誰とも会話することなく自室に戻るとベッドに倒れ込んだ。勿論相部屋の友人も今は帰省していてここにはいなかった。
チラリと机の上を見れば、帰りに遥斗さんに貰った封筒が思った見える。
まだ中は見ていない。
好奇心が勝ったか、重たい身体を上げ机の上の封筒を手に取ると徐に中身を取り出した。
出てきた物は一枚の小さな紙。どうやらチケットらしい。
何故、と考えたが、私は帰り際の遥斗さんとの会話を思い出す。
彼は自身の出演するミュージカルを見に来たらどうだ、と言っていた。
去り際には早い再会になる、と言っていた。
日付は研修が終わった数日後。丁寧に日付と会場時間、開演時間、座席番号に蛍光ペンでマーキングしてある。
このミュージカルを見れば、遥斗さんの、彼の言う“本当の好き”が分かるのだろうか。
そう考えているとベッドの上に置いていたスマホが音と共に震える。
手に取り画面を見ると大きく“月皇海斗”と表情されている。電話の画面だ。
「もしもし、月皇君?」
『急にすまない、あと、研修お疲れ様。』
ああ、うん、ありがとう。軽くお礼を言うとそれで?と話を聞く体制に入る。
『今日、家族で食事をしていたんだが、兄さんも来てて、華咲にチケットを押し付けただとか訳の分からない事を言い出してな…。』
「ああ、チケットなら貰ったよ。どうかした?」
『行くのか?』
「行くよ?折角遥斗さんから頂いたんだし、それに勉強になるし。」
『実は俺もその公演のチケットを兄さんに貰ったんだ。…多分華咲の席と連番だと思う。』
「そう言えば月皇君と…みたいな事言ってたなあ。」
『その公演、俺も行く。良ければ会場まで一緒に行かないか?』
いいよ、と返答しようと思ったところでその言葉は止まる。
確か、遥斗さんは『デートにはもってこいの公演』と言っていた。
どうしよう。これではまるでデートではないか。
「悪いんだけど、その日はお昼に用事があって…直接会場で会おう。」
『そうだったのか、悪い。じゃあ会場で。』
「ごめんね、誘ってくれたのに。」
用事なんて勿論なかった。
私はいつから嘘つきになったんだろう。
スマホをベットに投げ捨てると私も同じようにベッドに身を投げた。
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