指定されたスタジオへは思いのほかはやくついてしまった。

研修内容は聞かされてはいないものの、スタジオへ来るように言われたと言うことは何かの撮影の仕事なのだろうか。

なるべく地味な服装で、と指摘を受けた私は未だに建物のガラスに映る自分の服装をチェックしては緊張を隠しきれずにいた。
傍から見ると不審者でしかないのかもしれない。


暫くするとスタジオから出てきたスタッフさんに誘導され、私は中に脚を踏み入れた。

研修生 華咲 と書かれた名札を首に下げてすれ違う人すれ違う人に精一杯大きな声で挨拶をしていく。
大きな声での挨拶はこの業界でなくとも基本である。



「華咲さん。今日はスタジオである舞台のPV撮影の見学ね。照明さんに着いて回ってくれないかな。」

「は、はい!」

「はは、そう緊張しないで。今日は照明さんも役者さんも綾薙学園出身の人だから、何でも聞くといいよ。」


その後は紹介された照明スタッフさんに連れられて一通りの今日の流れや機材一式の説明を受ける。
現場特有の雰囲気はあるけれど、その場所にある機材は殆ど学校とはそう変わらなかった。
如何に綾薙学園が設備が整った環境かという事がわかる。

説明や質問した答えを手持ちのメモ帳に必死に書き込みながら私はひたすら相槌を打っていた。



「そういえば華咲さんは好きな舞台俳優さんとかいるの?」

真剣に説明を受けていた手前、突然の質問に吃驚したのか「え?」と変な声が漏れてしまう。気付かないうちに自分自身、凄く緊張していたらしい。
失礼な発言について謝ると「気にしないで」とケタケタ笑いながらスタッフさんは返してくれる。

「今は特にこの人が好きというのはないですね。」

「尊敬してるなー、とか、この人凄いなー、とかは?」


そう言われて直ぐに頭をよぎったのは月皇君の顔だった。


「月皇遥斗さんですかね。」

「ほうほう。今引っ張りだこだからね、彼は。」

「同級生に遥斗さんの弟がいて、それでよく舞台の動画を見たんですが、別格だなと思いました。」


「それで?」とスタッフさんも興味津々なようで食い気味に聞いてくる。


「笑ったり、泣いたり…喜怒哀楽の演技が色鮮やかなんです。他の方とは段違いだと思いました。セリフがない時だからこその表情や動きでの演技はとてもリアルで思わず感動してしまいました。」


へえ、と声を漏らすスタッフは何処か意地が悪そうな笑みを浮かべにやついた。
変な事でも言ってしまっただろうか、終始焦っていると突然背後に現れた誰かに声をかけられた。





「そう言ってもらえると嬉しいな。」

「え、月皇遥斗さん…!?」


目の前の状況に頭が追いつかない中、「どうも」と返す彼、話の張本人である月皇遥斗はスタッフさんと向き合うと笑いを少し堪えるようにクツクツと笑った。


「いやーー、ごめんね華咲さん、まさかこうタイミング良く月皇の話題を出すとは思ってなくてね。」


驚きが抑えきれない中、雑誌やテレビで見た時と何ら変わりない月皇遥斗は柔らかな笑みを浮かべる。


「君が華咲さんだね。実は海斗から君の事を聞いていてね。」

「月が…海斗君からですか?」

「ああ、良い腕してる舞台設備の子が研修に行くからよろしく…ってね。海斗が人を褒めるなんて本当に珍しい。」

「い、良い腕って…でも、海斗君には此処へ来る前に励ましの言葉を貰いました。彼はとても優しい人だと思います。」


月皇海斗君の話をふると、彼は一層嬉しそうに目を細めた。弟を褒める言葉が嬉しいのだろう。


「そういう訳なんで、今日1日、よろしくね華咲さん。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。色々学ばせて貰います。」


撮影はじめまーすと言う誰かの言葉に現場の空気が切り替わるのがわかった。
ピリピリと現場の空気が痛いほど伝わって来る。
業界研修が始まった。















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