「だから、ココをこうすると…こんな感じに。」

「…成程、こう言う仕組みだったのですね。」

「申渡君ならすぐ扱える様になるよ。」



そんな謙遜ですよ、と申渡君は静かに微笑む。何故私と申渡君が舞台機材の前で話し込んでいるのかというと、話は合宿前に遡る。
申渡君に資料運びを手伝って貰った代わりに機材の扱いを教えるという約束事をした私達は約束通りお互いに手の空いた休憩時間中である今、こうして簡単な操作を申渡君に教えているという訳である。


それにしても、ミュージカルの時の申渡君は表情にこそ現れないが、イキイキしているけれど、今の彼はその時と同じ位イキイキしていると思った。
真剣な申渡君の横顔を眺めながら私も初めて機材を触った日はこんなだっただろうか、と懐かしんでいると、ふとこちらを向いた申渡君と目が合う。



「どうかしましたか?」

「ううん。申渡君楽しそうだなあって。」

「ええ、楽しいです。華咲さんは教え方も上手ですし。」

「そうかな、ありがとう。そう言ってもらえると教えがいあるな。何でも聞いてね。」


私自身、機材の扱いはまだまだだが、こうやって人に教えるのは自分にとっても勉強になる。
申渡君は真面目に話を聞いてくれるし飲み込みもとても早かった。



「ちょっと踊りに合わせてみようよ。申渡君。」

「はい、是非。」

「ええと、その辺に誰かいないかな…。」


誰かに頼んで役者をしてもらおう、きっと戌峰君や虎石君辺り暇しているだろう、と立ち上がろうとすると、申渡君にやんわりと手首を掴まれそれは止められてしまう。



「役者なら、ここにいるじゃないですか。」

「え。」

「華咲さんが好きな歌を、自由に歌って下さい。」

「そう来たか…。」


申渡君はニヤリと少し意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
申渡君もこんな表情するんだなあ、等と多少失礼なことを考えつつも私はやれやれと何を歌うべきか考え始める。

正直、最近は自分の専攻の課題や、ミュージカル学科に付きっきりだったせいか、踊って歌えるとするならば大抵はミュージカル学科の課題曲だろうか。
しかしながら歌も踊りも完璧な申渡君がいる手前、それを披露するというのは少し恥ずかしかったりもする。


とりあえず一番自信のある曲を披露する。
少し前にミュージカル学科が課題として練習していた曲だ。


すうっと息を吸い込むと、ゆっくりと歌い始める。


音源は残念ながら持ち合わせていなかったので所謂アカペラという事になる。
きっとリズムもバラバラで音程も安定していないだろう。

数十秒を経て歌い終わると機材を触っていた申渡君へ振り返る。



「申渡君、どうだった?」

「ええ。美しい歌声でした。」

「い、いや、そっちじゃなくて機材の方なんだけど…!」


相変わらず褒められるのは少し気恥しいようで私は赤くなった顔を彼から背けるように俯いた。


「すみませんが、そろそろ休憩も終わりなのでまた今度続きを教えていただけませんか。」

「あ、もうそんな時間か…うん。次はホールの機材でやってみたいね。」


あれ動かすのはある意味快感だよ!と興奮気味に語る私に、申渡君は「ええ、楽しみです」と微笑む。


「ですが、華咲さんの方は良いのですか?」

「私の方って?」

「貴方は最近、何かと私達の方ばかりを優先している様に感じます。」

「そんな事ないと思うんだけどなあ。」


申渡君にそう言われて思い出すのはこの間見た夢のことで…気持ちの面では確かに彼等を優先させている部分もあるのかもしれない。

「まあ、でも裏方の私なんかより皆の方が舞台上でも キラキラしてて欲しいと思ってるし、それに皆を見てると応援したくなると言うか…。」

「華咲さん…。」

「でも、優先って言う訳じゃなから。皆を見てたら私も頑張らないとって思うし、だから私も頑張れる。…だって音楽も皆のミュージカルも私は好きだから。」

「私も華咲さんを見ていると自分の努力に爪の甘さを感じさせられる時があります。もっと頑張らないと…と。あなたの存在があるからこそ、私達は高みを目指せるのかも知れませんね。」

「言い過ぎだよ。別に大した事してないって。…でもありがとう申渡君。心配してくれて。」


寧ろ私が皆にしてあげられる事は本当に限られている。
限られているからこそ、時に、自分は無力だと感じることも沢山ある。


「でも、何か私に出来る事があったら、遠慮せずに言ってよね。」

「では、一つだけ。」


そう言う申渡君は私の掌を握り優しくすくい上げる。
優しい笑みを浮かべてこちらを見つめる申渡君に鼓動が早まる。



「華咲さんはずっと笑っていて下さい。それだけで充分ですから。」

そのまま彼は優しい笑みから目を細めてにっこり笑うと顔を私の手元に顔を近づけ、ちゅ…と手の甲へ口付けを落とした。


その行動にうんともすんとも言えない程驚いて声も出ない私はただただ顔を赤くしてたじろぐしかない。
ゆっくりと手を離した申渡君はゆっくりと部屋の扉を振り返った。

「それでは。あまり遅いと辰己に怒られてしまいますので。」

「え、あの…うん。」






バタンと扉が閉じられた瞬間、私はヘナヘナとしゃがみこむみ頭を抱える。

どうしよう。やはり私は気付かなくていいことにすら、気付いてしまった。


私は皆の事を、恋愛対象として視ている。


幸い合宿は明日が最終日。この合宿をなんとか乗り切って、この気持ちが膨れて大きくならない前に、私は…















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