「おはよ、華咲。熱は大丈夫なの?」

「ありがと、卯川君。もうすっかり良くなったから大丈夫。」

そ、ならいいんだけど。と呟いた卯川君は1歩私に近付くとコソッと耳打ちした。


「虎石君となんかあった?様子が変なんだけど。」


はあ、と溜息を吐く卯川が指さす先にはまたまた溜息を吐く虎石君の姿があった。



「いや…何でも…。」

「そ。ならいいけど。」


もしかして昨日の事、虎石君は気にしているのだろうか。
稽古にも影響が出ていたりして。
相手も悪いとはいえ自分のせいでteam柊の稽古に支障を来しているかもしれない。
そう考えると少しゾッとした。

謝ろうにも言葉が見つからない。急に話しかける勇気もない。
team柊の稽古場をトボトボ後にすると下を向いたまま歩いていたせいで誰かにぶつかってしまった。


「ごめん。空閑君。」

「…別に。風邪はもういいのか。」

「うん。もうすっかり平気。迷惑かけてごめんね。」


そう伝えると空閑君は首をゆっくりと横に振った。どうやら迷惑とは思っていなかった見たいだ。



「元気ないな。どうかしたか?」

「……。」


空閑君にそっと顔を覗き込まれてバッチリと目が合う。
この事を話すのは少し気が引けたけれど、虎石君と幼馴染みの彼なら、と私は昨日の虎石君との出来事をやんわりと空閑君に打ち明けた。




「…そりゃあ虎石が悪いな。」

「そうなんだけど、私も強く言い過ぎたというか…何というか…。」

「何もお前が気にすることじゃないだろ。アイツが怒られて勝手にへこんでるだけだ。」

「それじゃ駄目だよ。」



そう言い返す私に空閑君は首を傾げる。
そう、問題は虎石君がへこんでる事にあるのだから。


「さっきも、team柊の雰囲気、あんまり良くなかった。私があんな事言ったから…。」

「そうだとしても、だ。」


空閑君はそう強く言い放つとゆっくりと私の頭の上に手を乗せた。
頭の上に乗せられた大きな手のひらが暖かく感じる。
空閑君はとても仲間想いだ。相手が何を言われたり、されたら落ち着くのかをよく分かっている。



「虎石はそんな事でコケる奴じゃない。知ってるだろ。」

「うん。」

「team柊の奴らもそれをちゃんと分かってる。」

「うん。」

「だからもう気にするな。」




空閑君の手が離れると私は顔を上げて返事の代わりに笑顔を空閑君に見せた。
しっかり頷く空閑君に、ありがとう、そう呟くと来た道を振り返り走り出す。



稽古場に辿り着くとteam柊の稽古は既に始まっていた。
上がった息を整えながら私は部屋の入口で彼らの稽古を見守る。


空閑君の言った通りだ。
皆にピッタリ合わせて優雅にステップを踏む虎石君はいつも通りの彼だった。
稽古だろうが常に緊張感を持ち、真剣に取り組む彼らの姿に私は思わず聞き惚れてしまう。

曲が一通り終わるとこちらをゆっくりと振り返った虎石君と目が合う。
虎石君は申渡君にポンと背中を押されると私の方へと一歩踏み出した。



「あやめちゃん…昨日は…」

「一発殴って!!」「「はあ!?」」


私がそう叫ぶと皆して気の抜けた顔になる。急にこんな事を言われたら当然の反応だろうか。


「私、虎石君が音楽好きなの分かり切ってて酷い事言った!だから殴って!!」

「ちょ!?あやめちゃん!?俺は気にしてねぇからそんな事言うなって!!」

「じゃあ一発殴らせろ!」

「えっ!?」

「戌峰君!虎石君抑えてて!」

「なんかよく分からないけど、オッケー!」



虎石君が気にしていないなら話は別だ。

空閑君とのやり取り、そして先程のteam柊の稽古を見て吹っ切れた私は戌峰君に取り押さえられた虎石君にゆっくりと歩み寄る。

周りは割と乗り気な様で虎石君は顔を青ざめている。



「乙女にあんな事するなんて、ほんと許せない。」

「ちょ、あやめちゃんタンマ!!」

「虎石、あやめに何したの?場合によっては…分かってるよね?」

「悪かった!悪かったから!卯川助け…」

「しーらない。」

「申渡…!」

「自業自得です。」

「観念してね、虎石君。」




その日は朝から虎石君の叫び声が聞こえたとか、聞こえなかったとか。















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