まだまだ起床時間には早い深夜、眠りにつく私の部屋にがちゃりとドアノブが回る音が響く。
こそこそと動く足音はそのまま私が横になっているベッドに近づいてくる。
こんな時間に女性の部屋に何をしに来るのか何て分かりきっている。つまり、誰が来るかなんて事も分かりきっている訳で。
ついに私へ手が伸びた瞬間、たぬき寝入りを決め込んでいた私は瞬時に伸びた手の手首をそのまま掴み、その流れのまま勢い良くベッドに倒し相手を組伏せる。
「…で、虎石君は何してんのかな。」
「あやめちゃん特殊工作員かよ!」
「何してんのかな。」
掴んだ手首を軽く捻ると虎石君は何とも間抜けな悲鳴を上げる。
「な、何って、夜這」
「はいアウトーー!これ以上言うと叫ぶからね。というか、明日の稽古に響くし、早く寝なよ。」
やれやれ、これだからチャラ男は…と溜息を吐くと「手首、ごめんね。」と掴む手を離し、彼の上から降りようとする。
が、それは逆に今度は私が手首を掴まれ阻止されてしまう。
「え。」
「あやめちゃん確保ー。それにしても、女のコに押し倒されたのは初めてだぜ。」
「押し倒してないからね。後引き寄せないでくれるかな。」
「そんな硬い事言うなって。」
少し焦りつつも、虎石君には悟られないように冷静に切り返すも、力では100%適わないし、相手は綾薙学園1のプレイボーイこと虎石君だ。油断できない。
「あやめちゃんだってこういう事すんの、好きだろ?」
「ちょ、虎石君…!」
耳元で甘く囁かれ、虎石君は片脚を私の股の間に滑り込ませる。
つーっと太股のラインを撫でられた瞬間、私の中で何かが切れた。
「…それ、本気で言ってるわけ?」
「あやめちゃん…?」
「虎石君は何しに合宿へ来たの?」
多分今私は凄く怖い顔をしているのだろう。
冷静に虎石君へ言い放つ。
虎石君はゆっくりと私から離れた。
「馬鹿にしないで、私をその辺の女の子と一緒にしないでくれるかな。」
「そんなつもりじゃ…。」
「出てって。はやく。」
そのまま虎石君を部屋の外まで押しやると力いっぱい扉を締める。
ああ、夜中なのに皆が起きてしまう。迷惑だなんて考えている余裕などとてもなかった。
そのまま私はベッドへ飛び込むと徐々に意識を手放していった。
……
…
「今日は楽しかったね。」
「ああ、俺あそこの観覧車乗ったの初めて!」
「今日は誘ってくれてありがとう。」
「俺も、あやめとデート出来て楽しかった。」
ベンチに隣同士に座り夜空を眺める。どちらともなく寄り添い合うと、コツンと頭が触れ合い互いの体重を預け合う。
そっと手が重なると見上げていた夜空には大きな花火が上がる。
「ねえ、あやめ。俺さ、君が好きだ。」
手を強く握られ互いの頬はほんのり色付く。
返事の代わりに私はゆっくりと目の前に近付いてくる彼の顔に合わせる様に顔を近づけ、目を閉じた。
ピピピピ…ピピピピ…
ゆっくりと近付く2つの影がやっと重なろうというところで彼の膝元に置いてある携帯が音と共に揺れる。
私ははっとして画面を覗き見ると画面には「那雪透」と表示されていた。画面上の方には10を超える程の電話の通知が赤く表示されている。
「もしかして、今日さ…稽古だったんじゃないの?…星谷君。」
「…はずれ、実は今日はチーム鳳の公演会なんだよね。」
「公演会…なんで…」
「なんで?」
一歩星谷君から距離を取ると彼から視線を逸らす。心が強い焦燥感に襲われる。
両手で顔を覆われ顔をグイッと引き寄せられるとそこにいたのは星谷君ではなかった。
「今はあやめと一緒にいたいんだ。公演会なんて出ている暇じゃないよ。」
「…辰己君…。ミュージカルが好きっていってたじゃない!!」
辰己君は私の額にキスを落とす。顔を遠ざけた頃には私の目の前にいた辰己君はまた、違う人物にすり変わっていた。
後ろには静かに花火が上がり続ける。
「それよりも俺は、お前がいい、お前以外見えない。」
「空閑君…お母さんに本当のミュージカル見せるって言ってたよね…。」
「家族や周りの期待にもう疲れた。俺は華咲とずっとこうしていたい。」
「月皇君…本気で言ってる…?」
「ああ、歌舞伎もミュージカルもやめだやめ。お前がいるなら何もいらない。」
「天花寺君、冗談…キツイよ…。」
「あやめちゃん、ほら、抱き締めてあげるからさ。」
「…やだ。」
「華咲ちゃん!俺も遊園地行きたい!2人で!」
「いやだ…。」
「あんたがいれば、音楽なんてなくても楽しいよ。」
「やめて…。」
「華咲さん、それ程までに、あなたはこんなにも私の心を占領しているんです。」
「やめて!!」
鳴り止まない電話の着信、打ち上がり続ける花火。
ピシピシと音を立てて壊れていく何か…それは、彼らの叶えたい夢なのだろうか。
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