「ねー華咲さあ。今暇?」

「卯川君?どうかした?」

夕食後、稽古中の筈の卯川君は言いづらそうに遠くを見ながら不服そうな顔をしている。
彼がこういう素振りをする時は大抵、頼み事がある時だと最近になってようやく分かってきた気がする。


「戌峰君がスマホ、落としちゃったみたいで…探すの手伝ってくんない?」

「いいけど、他の皆には?」


私がそう問うと卯川はふるふると首を横に振った。


「戌峰君あんなだからさ、落とした事1ミリも気にしてないし、たつみん達に言ったら一緒に探してくれるんだろうけど、それって、稽古の邪魔だから。」

「卯川君てさ、案外友達想いだよね。」

「はあ!?な、何言ってんの!?」

「いいよ、私探すから卯川君は稽古に戻って。」


「な」とその先卯川君が続ける言葉は大抵察したので手を前に出して制する。
稽古に卯川君がいないのでは意味がない。


「任せて。卯川君がいない方が皆困るよ。」

「…ありがと。」



卯川君曰く、戌峰君は知らぬ間に落としてしまったらしく、しかもあの戌峰君だ。活動範囲は屋敷全体、嫌、外も当てはまるだろう。
私は本格的に暗くならない内に部屋という部屋全てを探した。

勿論誰にも言わない事は卯川君との約束だからあちらこちらをうろうろする私を不審がっていた鳳先輩にも曖昧に誤魔化しておいた。

戌峰君がマナーモードにしているかどうかは本人も曖昧のため分からないが、取り敢えず私のスマホでかけてみてバイブ音も着信音も聞こえないので屋敷内にはなさそうだ。




「後はここだけか…」

…段々暗くなってきたけれど、最後はこの戌峰君が壁を壊した食料庫を探すのみとなった。

昨日の騒動を考えるともう思い当たるのはここしか有り得なくて…と言うかそれは昨日の話なのでそれが本当なのだとすれば、彼は昨日からずっと携帯を紛失していた事になる。
携帯するための携帯なのに、これでは本末転倒ではないか。


入口に立ち戌峰君の番号へ電話をかけると小屋のどこかでバイブ音がなった。
ここで正解だけれども、狭い倉庫に薄くて今にも消えてしまいそうな灯りが一つだけポツンとついているこのシチュエーションは不気味と言わざるを得ないだろう。

心底暗い場所が苦手ではない自分の感性に感謝しつつもスマホ探しを続行する。


「…雨。」

外を見ると雨が降り始めていた。稽古中ながら探している私の事を気にしているであろう卯川君の事を思い浮かべると、私は搜索を急いだ。


しかし、倉庫の中は物が散乱しているし、この沢山ある物資の中から小さなスマホを探すとなると困難だ。
戌峰君はもしかしたらものを隠す天才かも知れない。

暫く鳴っていたバイブ音は探しているうちにプツンと途切れてしまう。
おそらく充電がなくなったのだろう。
しかし、この状況で電源が切れてしまうのは非常に良くない。

外も暗く、雨が強くなってきているし気持ちが焦る。

その後、ギィィと急に扉が開いたと思うと少し体の濡れた卯川君が駆け込んできた。
探しに来てくれたのだろうか。


「華咲っ!」

「卯川君びしょびしょ。」

「いいから…もしかしてまだ探してたの。」

「この部屋のどこかにあるみたいなんだけど、戌峰君のスマホ、電源切れちゃったみたいで。」

卯川君ははああ、とため息を一つ吐くと腰を屈めてスマホを探していた私に手を差し出した。

「…なかなか帰って来ないからしんぱ…何でもない!取り敢えず今日は戌峰君のスマホはいいから、さっさと帰るよ。」

「うん…。」


私もその手をとろうと手を伸ばした瞬間、突然、外が一瞬黄色い光に包まれる。

数秒経過したあと、その正体は音となって現れる。


ドーンと物凄い音を立て雷が落ちた。
なんだ、雷か、と思ったと同時に勢いよくドンッと卯川君にタックルされ、そのまま後ろへ倒れ込む。正確には抱き着かれたと言った方が正しいだろうか。そして一体何が起きたのだろうか。

目の前の卯川君を見ると微かに彼の身体が震えている。


「卯川君、もしかして…」

「うるさい!雷とかホントに有り得な…っ!!」


雷が勢いよく鳴り響く度に卯川君は私の服を握る力を強め、肩に顔を押し付ける。
普段は強気な彼だけれどまさかこんな弱点があったとは。
これではどちらが女子か分かったものではないなと考えながらも私は卯川君の頭を優しく撫でた。

卯川君はこの様子だし、更に場所は外も同前の食料庫。
確実に私達がこの場所を出る事が出来るのはこの雷が静まってからだろう。

しばらくの間ここで大人しくしていようと、座り込んでいると戌峰君のスマホではなくて私のポケットから音が溢れた。














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