「触れない方がいい。…柊、先にお祓い済ませた方がいいんじゃない?」
「ちょっと待て、お祓いってなんだ。」

鳳先輩は私達に壷に触れないよう注意すると、ゆっくりと柊先輩へ振り返った。


「この壺は、柊家に代々伝わる不吉な壷なんだ。」
「「不吉な壷?」」

「これまでにも触れた人間が次々と亡くなっている。処分しようと言う話も出たらしいけれど、何せ、触れただけで死を招く壷だ。すっかり持て余してしまってね…。」
「嘘だ…ね、ねえ、柊先輩…。」

柊先輩は顔を逸らしてだまったままだ。

「…。」

正直な所、こういう話は絶対に信じない方だけれども、こう柊先輩も深刻そうな顔をしていると本当にそうなのではないかと思えてしまう。


「クマが割ってくれたなら良かった。万が一にも人が割ってしまう前に。」
「あの、もし割ったのが人だとしたら、その人はどうなるんですか。」


「想像するのも恐ろしいけど」
「命を失うよりも恐ろしい何かが、待ち受けているかも知れません。」


先輩方の言葉に全員が息を呑む。すると、急に真後ろからガタガタと物音が。思わず咄嗟に隣にいた月皇君の腕を引っ張ってしまった。


「…ほら、それはなんだ…! 」
「「うああああ!!」」


全員が恐る恐る振り返ると、何とそこには、黒い影に赤い目をギラつかせ、こちらを見ている……





「ちゅーちゅー」




ネズミがいた。

やはり冗談だったのか、鳳先輩はお腹を抱えて笑い始める。
「面白いからつい乗っかっちゃったよ…!」

「当然、壷を割ったのは君達だと最初から分かっていましたよ。」


という事は先ほどの一連の流れは全て先輩の演技という事になる。
私達は騙そうと芝居をうったが、逆に芝居で騙し返されてしまったというわけだ。

先輩達の話によるとどうやら割れた壺はレプリカらしく、弁償します!と土下座をする星谷君達は弁償を免れたというわけだ。


「…あ、ごめん、月皇君。」

あまりの衝撃に先程からずっと月皇君の腕を無意識に引っ張っていたようで、即座に離して謝ると、月皇君か顔を赤らめて「気にするな」と呟いた。


「華咲って実は怖がりー?」
「情けねーな。」
「そういう天花寺君と卯川君はさっきしがみつきあってたよね。」

「はあああ!?ち、ちげーよ!」
「そ、そうだよ!この人が怖がってしがみついてきたんだから!」
「何言ってんだお前から来たんだろ!!」


…と、また例のごとくいがみ合いが始まったのでそれをスルーするかのように他の全員は夕食を作るべく厨房へ向かった。
今日の夕食は全員で協力して作るようだ。



「やっぱり皆で作ると言えばカレーだよね。」
「まあ、定番っちゃ定番だな。」
「戌峰君、摘み食い禁止だからね。」


食材を手に取り、さて作り始めますかという時に並んで包丁を持つ私と那雪君の所に申渡君が近付いてくる。
彼はこそっと「辰己には料理はさせないて下さい」と一言言い放った。

私が頭に疑問符を浮かべていると那雪君はどうやら理由を知っているようで苦笑いを浮かべていた。

「辰己君、料理は壊滅的らしいから…」
「そんな弱点が…」

取り敢えず慣れない刃物は事故とのもとだと約数名の包丁の使用許可を取り下げると、適当に分担させて作業に取り掛かった。
作り終わり配膳を済ませるとその後は戦争だ。

「ちょっと、私の食べる分…」
「本当に皆食べるの早いよね。」


那雪君と話しながら食べ、ふと机を見ると料理が全然残っていない事に気付く。流石食べ盛りな男子高校生だ。

この後皆はお風呂に行くとの事なので私はその隙に何か適当に作って食べる事にした。


残った炊飯器のご飯でおにぎりを作り、軽く明日の朝食の仕込みをすると、そう言えば那雪君もあまり食べれてなかったなと思い至り、少し余分に握ったおにぎりを手に那雪君の部屋へ向かった。



コンコン、とノックするとすぐに扉が開き、那雪君が出てくる。


「はい…あれ、華咲さん?」

「ごめんね急に。那雪君さ、夕食あんまり食べれてなかったでしょ。…これ。」

「これ、僕に…?」


さっとおにぎりを手渡すと那雪君は驚きながらも受け取ってくれた。
彼は嬉しそうに頬を赤らめると「ありがとう」と言った。


「華咲さんて、ホントに周りが良く見えてるよね。」

「そうかな。そんなに出来た人間ではないと思うけど。」

「ううん、そんな事ない。それに、そんな君だからこそ星谷君、それに辰己君も…」



意味あり気な視線をこちらへ向ける那雪君と目が合う。
いや、本当はそれにどんな意味があるかなんて薄々気づかない程鈍感ではない。


「顔が赤いよ。華咲さん。」

「那雪君が変な事言うから。」


ごめんね、と少し照れる那雪君。君の方がよっぽど周りを良く見ているんじゃないかな。


「星谷君も…あと多分辰己君も少なからず、その…私に…」

「華咲さんに好意があるって事だよね。」

「うん…気付いてはいるよ。でもね、今の私が考えてるのは、役者になる皆のために何をしてあげられるかって事で。」


那雪君は静かに相槌を打ち、話を聞いていてくれる。


「悩んでるのなら相談に乗るし、背中も押す。応援して欲しいならいくらだって応援する。…でも、恋は違う。…今はミュージカルスターを目指すみんなにとってとても大事な時期だから。私1人のせいでそれを崩す訳にはいかないよ。」


那雪君は「そっか」とただ一言呟き優しく微笑むと少し視線をしたに下げた。


「僕らはまだ高校生だから、稽古も大切だけどもっと他にも大事な事がある気がする。…でも、そんな舞台に対して真剣な華咲さんだからこそ。皆惹かれるのかもね。」

「那雪君…。」

「僕はいつでも華咲さんの味方で友達だよ。…だから自分のせいでとか思わないで。」


言い切ると、最後に那雪君は私の目を真っ直ぐに見据える。
本当に彼は3ヶ月前の照れ屋で緊張しいな那雪君なのか少し疑いたくなる程だ。

これもまた星谷君の影響だろうか、と私もつられて微笑むと那雪君は「おやすみ」と部屋の扉を閉じた。















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