色々あった球技大会も終わり、そろそろ学園も夏休みに入ろうとしている。
夏休み中はいくつかの劇団や劇場に業界研修届けを提出し、許可が降りればその企業へ研修に行くつもりだ。

取り敢えず片っ端から気になる企業のパンフレットやら資料やらを資料庫から運ぼうと手に抱えるが、膨大すぎる量は私では抱えきる事が出来ない。

しかし資料庫から自身の教室までは近いとはとても言い難い位置関係にある。
私は自分の持てるギリギリの荷物をダンボールへ詰めて抱えると、資料庫を後にした。自分の持てる範囲と言っても抱えたダンボールで目の前がほぼ塞がり、視界良好とはとても言えない。

資料庫は芸能学科の校舎にあるため、技術学科の校舎へ向かうには階段を登ったり降りたりしなければならない。
気は遠いが、気を引き締めて1段1段しっかり足元を確認しながら階段を降りる。

学園には至るところに機材を運ぶためのエレベーターはあるものの、特別な場合でない限りは、一般の生徒は使えない事になっている。

ちなみに、階段は比較的人通りの少ない場所を通っている。
女子生徒がこんなに大量の荷物を持っているところなど見られても滑稽さしか感じないだろう。


しかしこの階段、降りても降りてもきりがない。やっと後1階分降りるとこの校舎の外へ出られるというそんな時、不意にグラりと重ねて持っている不安定なダンボールが揺れる。

降り始めた階段の途中と言う事もあり私はパニックだ。資料を落とせばただでは済まないと、さらに焦った拍子に私も階段を1段、踏み外してしまったのだ。


「わ、わっ」

ええいもうどうにでもなれと荷物をそのまま落下させない様に抱えると私の足は地面から離れる。
そのまま浮遊感が襲って来ると思われたが、それよりも先に後ろから誰かに抱き止められ、何とか階段に踏みとどまる。
後ろからは、ふわっといい香りがいっぱいに広がる。


「何とか…間に合いましたね。」
「さ、申渡君!?」


突然現れて私と資料のピンチを救った申渡君は「大丈夫ですか?」と私を抱きとめたまま声をかける。

傍から見れば後ろから申渡君に抱きしめられている状態と言う事になるので取り敢えず心臓が持たない。
離して貰おうにも、ダンボールを必死に抱えていて両手が塞がっている状態で尚且前のめりになりバランスが取れていない私を申渡君が支えてくれている状態なので、離して欲しいとも言えない。


「申渡君…」
「…ダンボールしっかり持っていて下さいね。」


そのまま後ろに引き寄せられて何とかバランスをとると身体からゆっくり申渡君の両手が離れるとともに、両手の上の重量感がなくなる。

申渡君は軽々と私が持っていたダンボールを奪い取ってしまった。

「あの、ありがとう…。」
「何処まで運ぶんですか?」
「え?」
「先程のような事が起きてはいけません。目的地まで私が運びましょう。」


もう後は大丈夫だと言うもあっさりと却下されてしまい、結局私は手ブラで申渡君を教室へ案内する事に。
しかし、あんなに私が苦労して持って来た荷物をこうもやすやすと持たれてしまうなんて…男子の力と背の高さには恐れ入った。

「申渡君、今日は辰己君と一緒じゃないんだね。」
「辰己とは同じクラスですが、四六時中行動を共にしているわけではありませんよ。」
「そっか、でも2人とも凄く仲いいよね。」
「確かに幼い頃から家族ぐるみの付き合いがあって、中等部でも同じ部活動でした。」

何部だったのか問いかけると演劇部だったという返答が返ってくる。
辰己君は学園祭で“異国のお姫様”と言う役を演じて以来、時々中等部の人からは“姫”と呼ばれるらしく、私は少し笑ってしまった。

別に辰己君を馬鹿にしているわけではないが、ドイツとかフランスの異国のお姫様の姿をする辰己君を想像してしまい、凄く似合うと思ってしまったからだ。
それにしても、辰己君の事について話している申渡君は顔こそ変わっていないけれど声がとても生き生きしている。空閑君もそうだけれど、やっぱり幼馴染みって大切な物なんだと思うと、少しだけ寂しくなる。幼馴染みか…。


「本人には内密に。怒られてしまいますから。」
「大丈夫、大丈夫。」
「それにしても、技術学科の校舎に立ち入るのは初めてです。」
「そうなんだ。確かに芸能学科の人はあまりこの校舎では見ないなあ…。」


ちらりと自分の真横を歩く申渡君は物珍しいのかキョロキョロとあたりを見回している。
その表情は心なしか嬉しそうに見える。

「申渡君、こういう機材とか好きなの?」
「実は少し興味が有りまして…。」
「私でよかったら教えようか?」
「本当ですか…!」


そう言う申渡君の頬がほんのりと赤く色付く。
頬を染める申渡君なんてウルトラレアかもしれない。


「いいよ。申渡君の都合の良い時だったらいつでも。」
「有難うございます、華咲さん。」
「今日のお礼だよ。…っと教室ここなんだ。本当にありがとう、申渡君。」

荷物を渡してもらいお礼を言うと、申渡君は優しく微笑んで「当然の事をしたまでです。」と言った。彼は本当に紳士的だと思う。

「こちらこそ、また今度楽しみにしています。」
「うん。」


数ヶ月舞台装置を学んで来た自分だが、こう誰かに興味を持ってもらうというのは嬉しかったりする。しかし、真面目な申渡君に教えるとなるともっと色々覚えておかなくては、それにこれからの自分の将来の為にも。

申渡君に運んで貰った資料を机の上に下ろすと、私は中身を広げた。















back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -