「いきなりノーアウトランナー二塁…」
「楽にいこーぜ!華咲!」
気を取り直して二番打者、三番打者を丁寧に三振におさえると、ラストバッターの四番、虎石君が打席に立つ。
虎石君が素振りをすると同時に黄色い声援が飛び交う。声の多さは月皇君や辰己君より多いのではないだろか。流石モテる男は違うという事だろうか。
しかし、わからない。
何故特定の彼女を作らずに多くの女性と関係を持つ彼を受け入れている彼女達や、彼を好きでいる人達が。
…別に彼の事は友人として、舞台人としては嫌いでは断じてない。
「あやめちゃんがキャッチャーって…マジ?」
「舐めてると痛い目見るからね。」
虎石君は先程のメンバーとは別格な何かを感じるきがする。あまり勝負は好ましくないかもしれない。塁を埋めるのを承知で外角高め外の1番速い球を要求する。
ピッチャーも理解したのか、頷くと渾身の力を込めて一投目を投げた。
「打ちごろだぜ!」
「なっ…!」
カキーーン
放たれたボール、金属バットの芯を綺麗に捕えてフルスイングされた打球はぐんぐんと外野を通過しグラウンド1番後ろのネットにぶち当たったのだった。あの飛距離なら野球場だとバックスクリーンにも一直線だっただろう。
「しょ、初球ホームランんん!?」
「まじか。」
虎石君はこちらの投手の速球をいとも簡単にホームランにしてしまった。
「2点先制…っと。あやめちゃん、デートはどこ行きたい?」
「気が早いんじゃないの、虎石君。」
認めざるを得ない…虎石君の実力を。
更に彼は攻めても良し、守っても良し。投球速度はざっと見た感じ時速125キロ程ではないだろうか。
高校生男子にしてはかなり速い方だと思う。
彼を前に呆気なく次々と三者凡退に終わってしまう。
それからも何とか相手の攻撃を凌ぎ、いよいよ最終回。2点以上点を取らなければこちらは負けてしまう。
ランナーは一塁に1人。打席には空閑君。
「空閑ああ!打てええ!」
「空閑君頑張れ!!」
「…任せろ。」
空閑君との対決に心なしか虎石君も楽しそうだ。
虎石君の投球に対して、空閑君はファールを連発させる。
狙っているのかそうではないのか、定かではないが、2人ともそろそろ息が上がり始めている。
疲れてきていたからか、虎石君の球速が少し弱まるのを空閑君は見逃さなかった。一瞬の隙をついて渾身のフルスイングをボールに当てる。
バットに当たったボールは綺麗に外野を抜けた。
ツーアウト一、三塁。一打で逆転サヨナラも有り得るこの場面で打順が回ってきたのはなんと。
「華咲ーーっ!打てええ!!」
「ホームラン狙えーー!!!」
私だった。
勝ったと言わんばかりの余裕の表情を浮かべた卯川君を目の端に捉えつつも、一打席目からの虎石君の投球をイメージして素振りをする。深呼吸をして落ち着くとゆっくりとバッターボックスに立つ。
狙うはもちろん、ホームラン。
「なかなか楽しい試合だったぜ、あやめちゃん。」
「打って勝つ!デート阻止!」
ふと今の展開をもう一度頭の中で確認する。
何処かで見た事のあるスコアで、何処かで見た事のあるカウントだ。
…そうだ、この間見たビデオの試合。
確かあの試合も最終回の裏自分のチームの攻撃、ツーアウト、一打逆転のチャンス。打者は私で投手は虎石君。
もし、あの時とラストバッターに対するリードが、投球内容が変わっていなかったとするならば。
1球目は外にはずれた速球。
「ボール」
2球目は内角少し低めの変化球。
キンッ
「ファール」
同じだ、あの時と全く同じ投球内容。これは行けるかもしれない。
何故ならあの試合は。
カキーン
「なっ…!」
「華咲っ!!」
「回れ回れ!!」
私のホームランで逆転サヨナラだったから。
「逆転サヨナラホームラン…!」
「あやめ…!やったね!!すごい!!」
「華咲すげええ!!」
一つずつベースを回りながら応援してくれていた友人や月皇君、星谷君達に手を振る。
最後のホームベースを踏み終わると、チームのメンバーが一斉に駆け寄ってくる。
「やったぜ俺達!優勝!」
「最後のホームランやばかったぜ!」
「やったな華咲。」
「この試合は1年Bクラス混合チームの勝利!…という事で、優勝は1年Bクラス!!」
両チーム整列すると「ありがとうございました」と言う挨拶と共に向かい側の選手と最後に握手をする。
向かい側の虎石君は少し悔しそうに不服そうな顔をしていたのでついつい私は調子に乗ってしまった。
「また、私の勝ちだね。虎石君。」
「また…?」
「何でもない!でも、楽しかったから、今度一緒にバッティングセンター行こう!」
「あやめちゃん…」
つい口を滑らせはっと悪寒を感じた私はまた空閑君の後ろへ隠れる。
「そこは優しく抱き締めてキスじゃねぇのかよ。」
「むりです。」
「諦めろ、虎石。」
「ちぇー。じゃああやめちゃんが相手してくれるまで他の女の子の所にでも行くかー。」
結局、少年野球の事は覚えていてくれていなかった虎石君だったが、あの時のことを覚えていなかったからこそ、今日は勝てたのかもしれない。
後は表彰式と打ち上げだー!と意気込むクラスメイト達の後ろへ続こうと足を踏み出そうとすると、
「そういえば」と声を掛けてきた虎石君に不意に肩を抱かれる。
動揺を隠せない私をものともしない彼はそのまま耳元で囁く。
「あの時の一撃はかなり効いたぜ、あやめちゃん。」
そのまま虎石君は顔を耳元から更に私の顔に近付けると同時に何か柔らかいものが私の頬に当たる。
軽くちゅ…とリップ音のなったそれはどこからどう見ても所謂ほっぺにキスと言うやつで、私は声にならない声を上げることになる。
「んなっ…!?」
「じゃーまたバッティングセンターデートなー!」
だからデートじゃないからとか、あの時の試合覚えてたのとか、言いたい事は沢山あったけれども動揺しすぎて声も出なかった。いや、デートとか昔の試合とか今の私はそれどころではなかった。
私は虎石君の彼女達に刺されてしまわないだろうか。
…最早そういう問題でもないかもしれない。
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