彼は間違いなく、その虎石さんだろう。
確かにビデオを再度見てみると面影はあるし、画面の端から母親らしき人の「いずみーーーー!」という声援も聞こえてくる。確か彼の名前は和泉だっただろう。


改めてその試合を見てみると、結構いい勝負をしているし、虎石君はエースで4番だ。エースで4番とはなんとも漫画の様なポジションなのだろうか。
フォームも綺麗だし、投げる球もぶっちゃけると自分の相方だった投手に比べて速いし、コントロールも良いほうだと思う。
彼は実は凄い選手だったのか…と感心している矢先に4番で打席に立った私がホームランを御見舞してしまい、何とも言えなさが胸の中を駆け巡る。

笑顔でベースを駆ける私と地面を蹴って悔しがっている虎石君。結局今の私の打ったホームランが逆転サヨナラだったようだ。

しかし、彼にもこんな時代があったのか…。
普段何でも軽々とこなして才能も有り余裕そうな顔をしている彼からはとても想像がつかない。




野球のビデオが終わっても、調子に乗った母と兄はどんどんビデオを消化していく。
見る方は楽しいかも知れないが自分の昔を見るとなると気が気でない。

ついに最後のビデオを投入し、再生ボタンを押す。



すると、画面に映し出されたのは懐かしの、引っ越す前に住んでいた家の庭だった。






『あやめもっと背筋伸ばすんだよ。』

『えー!むずかしいよう!』

『ほら、こんな感じでさ!』

『うわあ、すごい!』


映し出されたのは幼い私と2人の男の子。
その画面が映し出された途端、衝撃が走る。
思い出せなかった、私に音楽を教えてくれた近所のお兄ちゃん達だ。
ダンスの練習中なのか、私は2人の真似をしている。


「母さん!このビデオに映ってるのって…!」
「懐かしいわね…あやめが引っ越す前のお家にいた時によく遊んでくれたお兄ちゃん達…。」


そうだよね!やっと思い出した…!と少しばかり長年のモヤモヤが消えた事に興奮してしまう。
ビデオの中の3人は楽しそうに歌ったり踊ったり、またまた遊んだりしている。

この時ばかりはいちいちビデオに起してくれた几帳面な母に感謝しなければならないと思った。

しかし、そのモヤモヤが消えたのと同時に私の頭の中にある仮定が浮かぶ。

それは、確信がないのでまだ何とも言えない。そのうちわかる事だろうと、この考えを私は心の隅にそっとしまっておく事にした。




「さてさて、そろそろお父さんも帰ってくる頃だし、料理を並べますかな。あやめ、手伝いなさいよ。」
「言われなくてもわかってますー。」



夕食も食べ終わり、自室へ久々に入ると私は静かに棚の上に飾ってあるグローブを見つめた。
そういえば、最近体を動かしたりしていない。

ランニングに出掛けるという兄に一緒に行くか、と誘われたが、私が兄のペースに付いていける筈かない。
「無理!」とバッサリ断ると。


「あっそ、お前も運動しないとその内太るぞ。」

「別に体重は気にしてない…。」

「いつからこんなに可愛くなくなったんだ、あやめは…。」

「だから、別に可愛くなくても…」



そこまで言葉が出ると急に新人お披露目公演前、辰己君に言われた一言が頭の中にフラッシュバックした。

『俺は可愛いと思ってるよ。』

途端、顔がみるみる赤くなる。不思議に思っていた兄も「ほほう。」と顎に手を当てニヤケ顔になる。


「心配いらない見たいだな。」

「うるさい!はやくランニング行けば!」

兄の背中を階段から突き落とす様な勢いで押し、ランニングへ向かわせると、私はへなへなと自室のベットへ座り込んだ。



…そう言えばあれから辰己君と話す機会なかったなあ。











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