「華咲さん、空閑君、お疲れ様。今日はもう上がっていいからね。」

お披露目公演が終わってからというもの、星谷君達ミュージカル学科の皆に会う機会がめっきり無くなってしまった。

しかし、同じバイト先に務めている空閑君とはこうして会っているので、寂しいのやら寂しくないのやら少し変な気分だ。


「…今日、寮に帰らないのか?」

いつもの制服ではなく私服で余分に大きな荷物を持つ私を変に思ったのか、空閑君が問い掛けてくる。


「明日休みだし、実家に帰るつもり。兄さん帰って来るんだって。」
「華咲、兄貴いたのか。」
「うん、大学2年生。」


大学生の兄は家から少し離れたところで一人暮らしをしながら体育系の大学に通っている。将来はスポーツトレーナーになりたいらしい。



「じゃあ私こっちだから…」
「暗いと物騒だ。…送る。」


申し訳ないので断ろうと首を必死に横に振るがそうは行かないらしい。
空閑君に手渡されたヘルメットを被ると目的の駅まで送って貰った。


「空閑君ありがとう。」
「ああ、気を付けて帰れよ。…あと」
「…あと?」
「お前が稽古場来ないと、星谷達が寂しいそうだ。たまには来てやってくれ。」


空閑君はそこまでいうと優しく笑う。
実は私も寂しくて、とは恥ずかしくて言えない。
私は頷くと空閑君に別れを告げ、改札を抜けた。



……





ガチャ…


「ただ…いま…。」
「おお!あやめお帰り!」


家に着いてリビングの扉を開けると家族はテレビの前でビデオ鑑賞をしていた…それも私のビデオを。


「…ちょっと何見てるの。」
「掃除してたらあやめの小学生の時のビデオ出てきちゃって…ほら、運動会にクラブの大会!」
「恥ずかしいって…。」

母はビデオをいくつかテーブルの上に出すと私に見せびらかす。
ビデオには綺麗に撮影日やらタイトルやらが書かれており、母の几帳面さを語っている。


「あ!これ、あやめが野球チームの試合で4番打った時!」
「なんでそう言うの覚えてるわけ…?」


小学生の頃は兄の影響で少年野球チームに入っていた。中学ではその流れでソフトボール部に入った。
小学生の頃は周りの男の子と体格も力もそう変わらなかった私はポジションは捕手、打順は大抵クリーンナップ。全国へ行く程ではなかったが、その辺の地域では1番のチームだった。


「この試合、あやめがさ、相手チームの男の子に一撃食らわせたんだよね。」
「え、何それ私覚えてない。」

テレビの画面に目を移すと試合風景が目に飛び込んでくる。
幼い私はキャッチャーマスクと装備に身を包みミットを構えている。
こんな頃もあったな…としんみりしていると相方のピッチャーが暴投。
打席に立っていたバッターの頭スレスレの危険なボールを投げたのだ。

すると、打者の男の子はバットを投げ捨てるとピッチャーに掴みかかり言い合いに発展する。
ベンチの慌てる様子と周りのざわめきも一緒に録画されている。

少し距離が遠いためあまり明確には聞こえないが、テメーふざけんな!とか、おい、やめろ!という声が微かだが聞こえる。これは本当に小学生同士の試合だろうか。

そしてこの時の私は何をしていたのだろうかと、視線をいがみ合う両者から自分へ移すと、小学生の私はゆっくりとキャッチャーマスクを外して2人に歩み寄ると「はやく持ち場に戻れ」と、そう言い放ち、バッターの男の子、更にはピッチャーの男の子に1発ずつ拳を食らわせていた。
グラウンドが唖然とする中、母と兄の大きな笑い声がビデオに入り込んでいて、それを見た私はただただ溜息を付くしかなかった。


「…思い出した。」
「ほんとお前俺に似てるよな。」
「相手の男の子のお母さん、近くに座ってたんだけど凄くあやめの事気に入ってたのよ確か…。」
「話が全く読めないんだけど。」

母も兄も思い出し笑いしながら語り始める。
そもそも自分の息子に1発食らわせた相手を気に入る流れが読めない。


「相手の男の子かなりやんちゃな子だった見たいだし、いい薬になったって喜んでたな。」
「そうそう、名前は確か……虎石さん。」





「ん?」










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