いよいよ始まる星谷君達の、私達だけのアヤナギショウタイム。
私達オペレーター席の隣に鳳先輩が腰掛け、ノートパソコンを開き始める。先輩の顔は何処か楽しそうな、わくわくしている表情だ。
そしと深く深呼吸をする。今日は何度も公演を繰り返して来たはずなのにやはりこのチームには特別な思い入れがあるのか、演出班皆がそわそわしている。
私達は頷きあって静かに拳を合わせた。
機材の再生を始めると先程までのアヤナギショウタイムとは打って変わった激しいイントロダクションが流れ出す。
突然の出来事に客席はざわつき始めるが構わず舞台が始まる。
幕が開くと同時に私の出番。パッとみんなを照らすライトが点く。
また暗転、そしてそれぞれがソロで歌う時、スポットライトで彼らを照らす。ライトに照らされると皆の表情がすごくよく見える。
「今ボクは 旅に出る 古の地図を広げて」
先程まで緊張でガチガチだった那雪君。さっきまでの不安はどこへ行ったのやら落ち着けて演技が出来ている。
堂々と演技をする彼はいつもの何倍も頼もしい。
「今ボクは 旅に出る さあ冒険をはじめよう」
天花寺君は流石と言ったところだろうか。表情に自信が現れている。梨園の貴公子として数々の場数を踏んでいる天花寺君だからこその演技だろう。
「何が起きるだろう 予想も出来ないまま」
ふっきれたような柔らかい表情の月皇君。フォーメーションを上手く保つために周りも良く見えているようだ。以前の彼だったら、きっとこうは行かなかったのかもしれない。
「誰に出逢うだろう 心は飛び立つ羽」
落ち着いた表情の奥で、空閑君はミュージカルを楽しんでいる様に見える。
無口だけれども誰よりチームを意識している。他のメンバーともアイコンタクトをとって上手く息を合わせている。
「幻の花園 瑠璃色の泉よ」
そして星谷君。本当に歌もダンスも見違える程上手くなった。それにまだまだ伸びしろだってある。
「千年に 1度だけ咲く 神秘の華」
確かにまだまだ実力はみんなに比べて劣っているのかもしれない。
でも、お互いがお互いの事を考え、動く事でミュージカルが完成されていく。
舞台がどんどん広がっていく。客席も次第に舞台へ釘付けになっていく。
オペレーター席から遥か遠いあのステージでこんなにも…皆が輝いている。
思わず目頭が熱くなるが、今は自分自身の公演中でもある。泣いてなどいられない。
「本当の 自分を探す旅」
「青春 眩しい 夢なのさ」
舞台も最後のフォーメーションに差し掛かろうと星谷君が前へ走り出したまさにその時だった。
皆を通り過ぎて前へ出ようとした瞬間、天花寺君の脚に星谷君がぶつかってしまい、星谷君はそのまま前のめりになる。
いけない、このままでは星谷君がコケてしまう。
自分がそう思った所で、ここからでは何もする事は出来ない。何もしてやれない。この場所から自分が彼らにしてあげられることは打ち合わせ通りにみんなを信じて照明を動かす事だ。
そうすればきっと、星谷君が信頼した皆が。星谷君を信頼している皆が。同じ舞台に立つ仲間が彼を助けてくれる。
崩れそうになる星谷君の手を咄嗟に月皇君と天花寺君が掴んだ。
二人に支えられた星谷君はバランスを崩しながらも最前線のセンターへ。
星谷君の占い。握手をすると運気が上がるというのは案外当たっていたのかもしれない。
占いは信じない方だけれど今ばかりはそう思えて仕方がなかった。
舞台は勿論そのまま続行。音楽のラストに合わせてポーズを決めると私はゆっくりと照明を落とした。
team鳳のアヤナギショウタイムはこれで終了となる。
途端に客席にざわつきが戻り始める。
呆気に取られている人やすっかり聞き惚れてしまった人、中には怪訝そうな顔をしている人もいる。
「何だこれは…!!」
どうやら華桜会の暁先輩もその1人らしく、立ち上がってステージ上の五人を指差し、睨みつける。
「これがアヤナギショウタイム…?こんなもの、認められる訳ない!!」
「こんなもの…」
「華咲落ち着け。」
私達が作り上げたアヤナギショウタイムにその様な物言いをされて黙っている訳にもいかない。
思わず立ち上がろうとする私を演出班のメンバーが制する。
「果たしてそうかな。」
私の隣に座っていた筈の鳳先輩は気付けば席にはおらず、ゆっくりと階段を降りながらステージへと歩いている。
その目はしっかりと暁先輩を捉えている。
「確かに、新人お披露目公演は演目としてアヤナギショウタイムを指定している。だが、定められているのは規定のステップとシークエンスを組み込む事であり、アレンジは制限されていない。」
鳳先輩は暁先輩を挑発するかのようにルールブックを掲げる。
「お披露目公演のルールブック、読む?」
そのまま言い合いは難航するように思えたが、それは突然外が騒がしくなった事により中断される。
何故だかわからないが多くの生徒が外へ集まっているらしい。
「すげえぞ!team鳳!」
「最高だったぜ!」
「こんなアヤナギショウタイム、初めて見た!!」
どうやらそれらは歓声のようだ。
誰かが携帯へ先ほどの公演を配信したらしい。
「一体誰が…」
「誰って…間違えなくそれだろ。」
チームメイトが鳳先輩が座っていた席を指さすと机の上のノートパソコンにバッチリステージ上の彼らが映し出されていた。
流石鳳先輩らしいや、と思ったのと同時に無事終わった事への安心感、そして何よりアヤナギショウタイムを受け入れて貰えた事への喜びで私の眼にはうっすらと涙が浮かぶ。
今日の公演、誰からも期待されていなかった彼らは、誰よりも輝いていたのだから。
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