本気かどうかは分からないが辰己君に可愛いと言われてしまった。
手も…握られてしまった。
名前で呼ばれてしまった…。
手を繋いでいた時間なんてほんの1分程だった筈なのに顔と握られた手はまだ熱い。
一体全体、どういう事なのだろうか。取り敢えず動揺を落ち着かせる為に録画してある各班のアヤナギショウタイムを見ようとパソコンのある教室を探そうと足を速めた。
パソコンルームでしばらく課題を進めていると教室の外を誰かが駆けて行くのが見えた。
「星谷君…?」
取り敢えず休憩しようとパソコンから離れ、彼が向かったであろうteam鳳の稽古場へ向かった。
静かに稽古場へ入ると星谷君は1人で鏡の前で練習していた。
あまりに集中しすぎてこちらには気づいてない見たいだけれど、顔が…いつもの星谷君とは全然ちがうとても苦しそうな顔をしていた。
どんな時だって音楽が…踊りが楽しいと言っていた星谷君はいつももっと楽しそうだった。
「…ちがう…こんなんじゃ…。」
彼は独り言を苦しそうに言い放った。自分に言い聞かせているようだった。
…彼は焦っているのだろうか。
星谷君はいつも俺はみんなに比べてまだまだだからと言っていたが、彼は確実に日々上達している。
向上心が有り、多くのトレーニングをこなしているからと言うのもあるが、きっと彼が自分の駄目なところを自覚しているからこそ星谷君はどんどん上達していっているのだと私は思った。
「星谷君。」
「…華咲。」
顔をバっとこちらへ向けた星谷君は今にも崩れてしまいそうな、そんな切ない表情を浮かべていた。
「オーバーワークなんじゃないの?」
「…そんな事ない。」
まるで親に叱られた子供のように星谷君は俯く。
「無理しても上達しないよ。自分でもわかってるでしょ。」
「…そんなの」
「…そんなの、華咲にわかるわけないだろ!!」
「…!」
「下手くそな俺の気持ちなんて、わかるわけない…!!華咲には関係ないじゃん!!」
何も考えずに、少しばかり頭に血がのぼってしまった様で、私は気付けば星谷君の頬をはたいていた。
反動で星谷君は一歩後ろへ下がる。
お互いに言葉を失い、呆然とはたいた頬を抑える星谷君を見て私は正気に戻った。
星谷君の顔を見て謝る事も言返すことも出来ず私は後ろを向いてその場から逃げるように走った。
あの星谷君に怒鳴られたという事に吃驚した。
でも、それより何より、関係ないって言われてショックだった。
寮への帰り道、私はただただ俯いて、歩きながら地面に落ちる自分の涙を見つめるしか出来なかった。
…私ってこんなに泣き虫だっただろうか。
とにかく、このままでは駄目な気がした。私も星谷君も。
寮の前まで戻るとふと、男子寮の前で足を止める。
待っていればきっと星谷君は戻ってくる筈だ。
入口前の段差に腰掛け、彼の帰りを待つ事にした。
「…華咲?」
「月皇君。」
しばらく時間が経過し、誰かに声をかけられる。振り向くと私服姿の月皇君がいた。
「こんな所で何して…っ泣いていたのか。」
月皇君は私の前に立ち俯く私を不審に思ったのか顔を覗き込む。
「月皇君のバカ。」
「バカってなんだ。」
さらに俯く私を見て月皇君は溜息を吐くと、私の隣にゆっくりと腰掛ける。
「…理由とか聞かないの?」
「話せとは言わない。…ただ話して気持ちが落ち着くなら聞いてやる。」
月皇君にそのまま優しく頭を撫でられてついつい止まっていた涙が溢れ出してしまう。
「落ち着くまで側にいてやる。」
「月皇君は優しいなあ。」
「別に普通だ。」
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