バイクで誰かの後ろに乗せてもらう事は初めてだった。
それどころかバイクに乗る事自体初体験の私にとって自動車とほぼ同じ速度で自動車と同じ道路を走るバイクは正直少し恐怖だ。

空閑君にしっかり捕まってろよと言われた時は少し遠慮があったが、エンジンがかかりバイクが進み始めた途端遠慮などという言葉はどこへ行ったのやら私は必死に空閑君の背中にしがみついていた。

走行中にふわっと空閑君の香りを感じ我に返る。
なんと私は完全に両腕を彼のお腹に回して彼の背中に顔をべっとりと埋めていた。

あまりにも身体が密着していた事に空閑君への申し訳なさと恥ずかしさを感じバイクが走っている時は終始私は赤面していたと思う。


着いた場所は繁華街近くの港、もうすっかり暗いので夜景が綺麗に見える場所。
2人並んで夜景を眺める。空閑君には言わないが、まるでデートのようだと思った。


「ありがとう。空閑君。」
「バイクの後ろに虎石以外の誰かを乗せたのは初めてだ。」
「え!そうなんだ。」
「虎石に貸した時はあいつが色んな女を乗せるけどな。」
「…ははは。」


幼馴染みの虎石君とはすごく仲が良いらしく、彼は色々物を貸したりしているそうな。それにしても性格が真反対な二人ではあるけれど、空閑君がキッカケで虎石君がミュージカルに興味を持ち、やり始めたと言うから驚きだ。

沢山の女の人とデートしたりしている虎石君に対して空閑君と言えばあまり女の人には興味が無くてミュージカル一筋なイメージがある。
そういう話題を振ると「チャラい女は好きじゃない」と淡白に答えた。


「虎石の女は香水がキツイ。ヘルメットに匂いが残るから困る。」
「そうなんだ…。」
「華咲はいい匂いがするな。」


などと空閑君が爆弾発言をするものだから私が赤面してあわあわしていると空閑君が冷静に「変な意味じゃない」と笑った。
今日の空閑君はよく笑うと思う。

「虎石はしつこいが良い奴だ。付き合った女も大事にする。」
「ほんとに虎石君の事大切なんだね。」
「腐れ縁の幼馴染みだからな。」


腐れ縁と自分でいいつつもふ、と笑う空閑君につられて私も笑う。

「…華咲はいないのか?幼馴染み。」

「空閑君と虎石君見たいな関係の人はいないかな…ああ、でも私に歌と踊りを教えてくれた近所のお兄ちゃんがいてね…その時は小さかったし、もう私は引っ越したから顔も名前も覚えてないんだけど、その人のお陰で私は今も舞台設備担当ってかたちではあるけど、音楽に関わってる。」

「その人がいなかったら俺達は出会わなかったかもな。」

「ほんとにそうだよね。顔も名前も忘れたくせにその人がよく言ってた言葉が忘れられなくてさ…“歌は誰かに聴いてもらうためにあるんだ”…ってね。」

「誰かに聴いてもらうために…か。俺もミュージカルにのめり込んだキッカケはそうだったな。歌を母さんに聴いてもらいたくて、本物の舞台を見せてやりたくてミュージカルをはじめた。それが俺の動機。」
「そうだったんだ…素敵だね。私も、自分が関わった舞台、見て欲しいな…。」


少ししんみりとした空気を払拭するかの様に空閑君の手が伸びてきて私の頭の上に乗る。ぽんぽんと優しく撫でると空閑君は「大丈夫だ」と呟く。


「いつかきっと会える。」
「そうだよね…いつかきっと…その時は主演が空閑君だったりしてね。」
「そうなるといいな。」


今はこうして一緒にいられるけれど、卒業してしまえば皆にはきっと沢山のスカウトやオーディションがあってバラバラになってしまう。
こうやって一緒に過ごす時間もなくなるだろう。

「さて、そろそろ帰るか。」
「そうだね。ありがとう。」


私1人置いて行かれないように、卒業しても皆と肩を並べられるように、
今は、今だけは皆と共に出来る一つ一つの舞台を大切に作り上げたい。
ただ、そう思った。










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