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緑🌱ボツ


玄関を抜けるとリビングに見知らぬ男が一人居た。
一瞬部屋を間違えてしまったかと思ったが、男の向こうに見える家具がそれを否定する。あのチェストは一人暮らしを始める前に見に行った家具屋で一目惚れをしたお気に入りだ。つまり此処は確実に自分の部屋である。
ならば空き巣か、とリーフは警戒するも、こんな堂々と居座っている空き巣が居るだろうか。対処に困り戸惑っているとその男が此方を向いた。
「やっと帰ってきたかよ」
待ちくたびれたぜ、と立ち上がった男は奇妙な格好だった。上から下まで黒装束に家の中なのに靴を履いたままだ。
これはもう確実だと通報する為にスマートフォンを取り上げる。しかし何故か画面は真っ暗なまま起動しない。密室の中に怪しい男と二人きり。リーフの背中に冷や汗が伝う。
そんなリーフの様子もお構いなしに、男は懐から手帳を取り出した。それを捲りながらつらつらと喋り出す。リーフの名前や生年月日、家族構成エトセトラエトセトラ。
「あってるよな?」
ぱたんと手帳を閉じて聞いてくる男にリーフは認識を改める。空き巣じゃなくてストーカーか。
「あんた誰」
スマホが使えない以上何とかして自力で逃げ出すしかない。隙を伺う為に此方からも質問をぶつける。
すると男は死神だけど、とさらりと答えた。
「お前、今日命日なんだよ」
だから迎えに来た、と言う男にリーフは頭痛がした。只のストーカーじゃなくて電波野郎か。いくらハロウィンが近いからってそんな設定付けてくれるな。
付き合ってられるか、と男に背を向けて部屋を飛び出す。追ってくるかと思ったが、男はやれやれといった表情をしたままその場から動かなかった。

いつの間にか復活しているスマホを見ながらさて、と考える。今から通報したところで部屋に戻って奴が居なければイタズラと捉えられるかもしれない。しかしこのままという訳にもいくまい。取り敢えず交番に行って話を聞いてもらおうかと振り返った時、鼻先すれすれに植木鉢が落ちてきた。がしゃん、と足元で陶器の砕け散る音。一拍置いてぶわっと鳥肌が立つ。後半歩前に出ていたら植木鉢は確実にリーフの頭を捉えていた。もしも当たっていたら確実に無事では済まない。運が悪ければ、死。
お前、今日命日なんだよ。
男の不吉な言葉が甦る。
たまたまだ、と頭を振って声を追い出すと、今度こそと交番に向かった。



最初の災難に遭遇した場所から最寄りの交番までの距離はそこまで無い。しかしたかだか数百メートルの間に第二、第三の災難がリーフを襲った。
その度に今日はついてないだけだ、と自らに言い聞かせながら、最大限警戒しつつ足を進める。
漸く見えた交番にほっとしたのも束の間、直ぐに物凄い光景が目に飛び込んできた。交番の隣、リーフからすると向かいの交差点からトラックが勢いよく此方に向かって突っ込んでくる。慌てて横に飛び退いて何とか轢かれずに済んだ。直後に背後から凄まじい音。トラックはそのまま建物に突っ込んでいる。
「あ痛た…」
見れば地面に擦り付けた膝から出血している。周りには自分と同じように座り込んでいる人、泣き叫ぶ人、倒れたまま動かない人と、この惨事に巻き込まれた人で溢れていた。
遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。誰か通報したのか。否、そもそも直ぐ側に交番在ったっけ、と混乱した頭のまま考えていると、今一番聞きたくない声がした。
「だから言っただろ」
こつん、と目の前に見覚えのある靴が現れる。顔を上げると其処には矢張りあの不審者が居た。
「あんたの所為か」
「俺は何もしてねーよ」
人が死ぬのは必然だがその原因たる出来事、この場合事故が起きたのはあくまで偶然だと男は言った。
もう訳が判らない。




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