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美味しいのはどちら


バスケットを抱えていつもの場所に行くとすっかり見慣れてしまった背中と尻尾が見えて、赤頭巾は思わず頬を緩める。
「グリーン」
そう名前を呼んでやるとぴくりと耳を動かした後狼は振り返った。同時にその首から下がる鎖がじゃらりと音を立てる。
「又来たのか」
お前も物好きだな、と溜息を吐く狼をよそに、赤頭巾は鼻唄なんぞ歌いながら持ってきたバスケットの中身を広げ始める。焼き上がって間もない林檎と桂皮のパイが放つ甘い香りに自然と腹の虫が鳴いた。頂きます、と両手を合わせた赤頭巾を、狼は頬杖をつきながら眺めている。

「美味しかった!」「…そうか」
ぺろりとパイを平らげた赤頭巾に狼はそう一言返した。彼女が持ってくるものは大抵肉食の自分の口には合わない。しかしそれを食べている彼女は、とても。
「美味そうだ」「え?」
何か言った、と覗き込んでくる赤頭巾を狼は適当にあしらう。しかし今日の彼女は機嫌がいいのかいつもより食い付いてきた。挙げ句の果てに首輪に繋がる鎖を掴まれて引っ張られる。力の差は歴然なので引き付けられることはないが、がちゃりがちゃりと金属が擦れてやかましい。耳元でやいやい騒がれるのも好ましくないので、わざと引き付けられてやる。ぐっと近付いた距離にぽわっと赤くなる赤頭巾の鼻先で、狼は牙を覗かせた。
「ブルー、」


お前を、食わせろ。




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