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色付いた翼


自分だけに限らず、主のポケモン達は普段から命令なしでも大体動けるように鍛えられている。しかし今回はそれが裏目に出てしまった。
ロケット団とやらとの決着が着いた後も暫く主は彼の祖父とのやりとりを手紙で行っていた。そしてそれを運ぶのはピジョットの仕事である。いつもの場所に封をされた手紙を携えて風を切る。いつもの時間より少しだけ早く着いてしまったらしく、主の姿は未だなかった。ポカポカと暖かい陽気を浴びつつ待っていた時だった。がさりと近くの茂みが揺れる。音の大きさや葉の揺れ具合からして人間のようだ。もしも手紙を狙ってきた悪人だったら。最初に考えたそんな可能性にピジョットは即座に身構える。そして音が最も近付いたのより僅かに早く、翼を広げて威嚇した。
しかしそこから顔を覗かせたのは自分も見覚えのある人間だった。威嚇するピジョットの鋭い瞳を見つめ返した深い青が一瞬にして凍り付き、その顔から血の気が引いていく。あ、あ、とがたがた震え出した少女に戸惑うが早いか、自分の身体が赤い光に包まれた。吸い込まれたボールの中から見えたのは肩を抱いてへたりこんだ黒いワンピースの少女と珍しく慌てている主の姿だった。

あいつは鳥が苦手なんだ。後に複雑な表情の主にそう聞かされた。知らなかったこととはいえ自分のしてしまったことに申し訳なさが募る。しょん、と翼を竦めていると主がお前が悪いんじゃないさ、と慰めてくれた。



赤い光が弾けて視界に外の景色が映る。ボールから出されたと気付き臨戦態勢をとろうとした。が、目の前に居たのは敵でも野生ポケモンでもなく、一人の女の子だった。その青の瞳を見てピジョットは思い出す。彼女は、いつか自分が怖がらせてしまった少女だ。
反射的に距離を取ろうとしたが、その前に伸びてきた手に首を竦めるだけで終わった。あの時怖がらせたお返しでもされるのだろうか。それはそれで仕方ない、とピジョットは目を瞑る。しかし伸ばされた手は自分を責めるどころか嘴をゆるりと撫でたのだ。ぱちりと目を開けると真っ直ぐな青の瞳と視線があった。あの時とは違い、怯えの色は微塵も感じられない。
大丈夫、もう怖くないから。そう言って微笑む彼女は穏やかな表情をしている。唐突な出来事に困惑しきょろと周りを見回すと、少し離れた場所で主もほんの少しだけ表情を和らげていた。それだけでピジョットは大体を理解する。甘えるように嘴を彼女の手に押し付けると、彼女はくすくすと笑った。それだけで何だか嬉しくて、視界が少しぼやけた気がした。




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