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互いの気持ちに気付くのが、あまりにも遅過ぎた



見慣れた亜麻色の髪を見つけてグリーンは足を止めた。散々走り回ったお陰で乱れた息を整えてから彼女に近付く。姫、と声をかけるが振り返らない。他に人も居ないしいいだろうと判断して再度声をかける。
ブルー。今度は振り向いた。ぶすっと拗ねた表情の彼女の顔を見て思わず溜息を吐く。
「姫は止めてっていつも言ってるのに」
「俺の立場も考えろ」
グリーンはブルーの護衛であった。何故か城内では護衛兼世話係という認識をされているようだが後者は拝命した覚えはない。兎にも角にも一介の騎士が姫の名前を呼び捨てなど言語道断。しかしこの我が儘姫は姫呼び様付けどころか敬語まで禁止したがった。最終的に二人だけの時はその通りにするという妥協案に落ち着いている。
「今日は午後から会合だと言っておいただろう」
「…出たくない」
ふい、とそっぽを向いたブルーに思わず舌打ちをしそうになるが流石にそれは堪えた。自分に対しての我が儘は未だいい。しかし己に課された責任や任務を放棄するような我が儘はグリーンには許せなかった。
「我が儘言うな。さっさと戻れ」
力尽くで戻されたいならそれでも構わんが、と言うとブルーは渋々池につけていた足を上げた。手早く身支度を整え城の方へ歩き出したブルーの瞳は何処か遠くを見つめている。



数日前と同じ場所で見つけた後ろ姿は何となく人を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。それを気にしないようにして大股に近付く。ブルー。名前を呼んでも振り返らない。しかし再度呼ぶことはしなかった。
「清々するでしょ?」
暫し足で水を掻いた後、ブルーは徐に呟いた。大分言葉が端折られていたが、彼女が言わんとしていることは理解できた。
例の会合は彼女と隣国の王族との見合い話であった。見合い話と言っても実際は既に結婚が決まっているようなものである。自分が嫁に行けばグリーンは護衛の任を解かれる。それはブルーもグリーンも知っていた。だからこそブルーは先程の言葉を吐いた。
しかしグリーンは何も言えなかった。彼女の言う通り清々する筈であったのに、何かが引っ掛かっているようなもどかしい感覚が彼女の結婚話を聞いてからずっと胸の内にある。
タオル取ってくれる、と言うブルーに草の上に畳まれて置いてあったそれを持って近寄る。タオルを差し出したグリーンを見上げたブルーが眉を顰めた。
「…何だ」
そう問うた声は少々掠れていたが彼女には届いたらしく、無言で水面を指さされた。そこに映った己の表情を見て愕然とする。
「どうして、そんな泣きそうな顔してるの」
真っ直ぐにこちらを見つめる青い瞳と目が合って、グリーンは全てを飲み込んだ。何故今の今まで気付かなかったのかと笑いさえ零れそうになった。
彼女の前に跪くと持ったままだったタオルを使って白い脚を伝う水滴を拭ってやる。グリーンの唐突な行動にブルーは戸惑った。
「せ、世話係じゃないんじゃなかったの」
「そうだな」
「じゃあ何でこんなこと」
その質問には答えずにグリーンはブルーの脚を取る。男である自分と比べるのもあれだが、随分と小さく華奢であると思った。

「きっと俺は、お前に恋をしている」

そう言って足の甲に口付けた。先程まで水に浸かっていた所為だろう、唇に伝わってきたのは冷たさだった。
つぅっと水滴が伝ってくる。拭い損ねたかと顔を上げてぎょっとした。ぱたぱたと降ってくる水滴は彼女の両目から零れている。泣く程嫌だったのか、とショックを受けつつすまない、と謝ると微かにブルーの唇が動いた。何で今更。確かにそう聞こえた。
「あたしは、ずっと前から、あんたが」
そこから先はしゃくりあげてしまって言葉になっていない。零れ落ちてくる涙を拭おうとして手を止める。明日は彼女の婚約の儀である。



互いの気持ちに気付くのが、あまりにも遅過ぎた。




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