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「なんか怖いぐらいトントンと進んでるな」
いつもの夕食で、有志がなんとなしに言う。
あまりにも軽い内容だったので、思わず聞き逃してしまい智希はご飯を飲み込み聞き直した。
「ん?」
「トントン」
「ん??」
「進んでる」
「ん???」
意味がわからない。
「智希ももう高校卒業だろ。まだ8月だけど。ちょっと前までは大学関係やプロの人達が騒がしかったけどもう大学も決まってバイトも決まってさ。ほんと智希は小さい頃から大きな壁にぶち当たることなく進んでるよなー」
いやいや。父親を本気で好きになるとか分厚い上に超高い壁にぶち当たったじゃん。
まぁその壁もまさかぶっ壊れてくれたけどね。
「ね?」
「……そうだね」
にっこり笑う有志を見て、なんだかため息と一緒に笑みがこぼれた。
有志は何もかもゼロにしてくれて、満タンにもしてくれる存在。
「あ、そういや来月の連休、コーチに休むって言っといたよ」
「そっか。よかったよかった。これでゆっくり行けるな」
智希の母、沙希の墓参り。
飛行機と電車を乗り継ぐ長旅だ。着くまでに5時間以上かかる。
あまりに遠いため、智希は昨年の墓参りを入れて3回しか行ったことがない。
しかし有志は仕事の合間をぬって毎年1人で墓参りに出かけていた。
今でも有志は沙希を愛している。
智希とは違う愛情を降り注いでいる。
自分を愛してくれて、智希を生んでくれた、誰も代わりが出来ない尊い存在。
もちろん、智希はそれを理解しているし、母親に嫉妬することもあるがそれは一生敵わない思っている。
昨年の墓参りでは、有志を絶対独りにしないし、悲しい思いをさせないから、と沙希の墓前の前で強く語りかけた。
だからお願い、俺たちを許して。
今年も墓参りへ行き、綺麗に掃除をして旅館で一泊しようということになっていた。
観光ができる土地であれば何かしら遠出を楽しんだのだが、いかんせんど田舎のため、観光するものが何もない。
旅館も、古びた一軒があるだけで、選ぶことができない。
墓参り後、泊まるのは空港近くの中心部でもいいかと思ったのだが、有志が今年も墓近くの旅館がいいと強く懇願した。
きっと今年も、智希が寝静まったあと一人ででかけるのだろうか。
周りは推薦や受験で慌ただしい中、智希自身はとても緩やかだった。
進路も決まり部活も順調だ。
しかし一つ、悩み事があった。
次のキャプテン選びが難航しているのだ。
実践、経験的に考えて、一番佐倉が適任かと思われる。
しかし最近では秋田の存在もかなり大きくなってきて、冷静な佐倉派と引っ張っていく秋田派で分かれているようだ。
智希個人はまんべんなく周りを見渡せる佐倉派だ。
キャプテンが次のキャプテンを独断で決める独特スタイルなのでこのままいくと佐倉になるのだが、佐倉本人がキャプテンは向いていないと言っているのが気になる。
「俺みたいなやつは裏方に回ってサポートするのがいいと思うんですよね。秋田の方がキャプテンは向いていると思いますよ。それに俺、協調性ないし」
ある日の部活終わり、沈み始めた夕陽をバックにケラケラと笑う佐倉を見て胸が少し痛くなった。
こいつには…だいぶ迷惑かけたもんな…。
有志への思いが爆発した時、智希の安定剤になってくれたのは紛れもなく佐倉だった。
2番目でいいと言う佐倉に甘え、結局自分の思いが相手に伝わると簡単に佐倉を引き離した。
1年以上経ったそれはずっと智希の心に染みついていて、新しい相手も見つかり幸せそうな佐倉を見て嬉しい反面複雑な思いもある。
お互い今更あの時のことをぶり返そうと思わないし、何より今とても幸せだからもう過去のことということで処理できているのだ。
でもたまにふと、佐倉を見ていると胸が苦しくなる時がある。
完全に智希のエゴでしかないのだが。
「……佐倉」
夕陽と汗で輝いた佐倉を、同じく光り輝く智希が見つめる。
「っ………」
智希同様、佐倉もたまにふと、彼を見ると胸が苦しくなることがあった。
恋愛感情ではないなにかがこみ上げ、思い続けたたった約1年の感情がループする。
これは浮気になりますかね、ヒヨさん。
少し悲しく笑って智希を見つめ返す。
「はい、なんでしょう」
「………ありがとう」
グっと、心臓を鷲づかみにされたようだった。
「っ…まだ泉水さん引退してないじゃないっすか」
「うん、まぁ……ありがとうって言葉は何度言っても悪い言葉じゃないだろ」
「言われすぎると安っぽくなりますよ」
「そうだな」
風が吹いて心地良い温度になると、二人は同時に立ち上がり更衣室へ向かった。
キャプテン選びは引退直前でいっか。
もうちょっとこいつらの事見て考えよ。
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