5
智希は推薦で大学に進むことになった。
多数大学が名乗りを上げ、連日関係者が智希のもとへ訪れる。
平凡な大学生活を送りたいと思っていたが、彼の才能を全国の指導者が見逃すわけがない。
海外からのオファーも実はあったのだが、日本でプレイしたいという智希の意向により簡単に断ってしまった。
もちろん、有志と離れてしまう理由それだけのために海外どころか県外に出る気すらない。
待遇はどこも良く、さすが全国区プレイヤー。
全国から智希は必要とされた。
高校は自転車で行ける距離だったので通学時間は楽だったが、決めた大学は片道1時間かかる。
名の知れた大学ではあるが、その他にも有名選手を育てた大学からの声は多数あった。
高校入学時同様、その大学のコーチはなぜうちに来てくれたのか疑問に思ってしまう。もっと強豪校はあった。
もちろん、大学へ見学へ行きコーチと話した結果の答えなので、ただ場所だけで決めたわけではない。
「それにしても1時間なー」
「それぐらい普通だって。2時間近くかかる奴もいるんだぞ」
机に突っ伏しうなだれる智希の頭を同級生の真藤がコツンと殴る。
「一人暮らしすればいいじゃん」
「……金かかんじゃん」
「めっちゃバイトすればいいじゃん」
「……バスケに集中できないじゃん」
はなから一人暮らしも追われるほどのバイトも考えていない。
まぁ父さんから離れたくないから実家出る選択はないんだけどね。
月日は流れ、8月の終わりになっていた。
8月初旬に行われた夏のインターハイ、智希がキャプテンを務める秋波高校は悲願の優勝を遂げた。
高校生には夏のインターハイの他に、冬にウィンターカップと呼ばれる大会がある。
ここで三年生は引退だ。
圧勝までは行かなかったが、智希と佐倉がうまく機能し、嘔吐するほど激しい練習に耐えたメンバー達が必死に食らいつき念願叶った。
残念ながら姫川は背番号をもらえたものの、レギュラー出場することなくベンチを温めた。
きっと来年は戦力になるに違いない。
インターハイでは大谷や清野、高校OBが何人も応援にかけつけ、優勝が決まった時は涙を流して喜んでいた。(まぁ、大谷は泣いていないのだが。)
優勝した数日後、智希は大学を決定した。
もっと選考すると思われていたが、智希はあっさり「ここにします」と、大学訪問時にコーチに伝えた。
関係者一同が驚きを隠せない状況だった。
早く決めたかったには 理由がある。
「ね、いいでしょ、バイト」
「……ちゃんと学校には言うんだぞ」
「うん!もう言ってる!佐倉の親戚んちのレストランだし、担任もコーチも学業と部活に支障が出ないならいいって言ってくれた!」
「…週2回だけだからな」
「うん!火曜日と木曜日だけ!」
「………客になんかされたらすぐ父さんに言いなさい…」
「そんな弱くねーし!」
智希のことになると若干モンスターになる有志だが、息子の自立のためと、本当はして欲しくないバイトを渋々許した。
インターハイも終わり大学も決まって一段落がついたため、有志には働いてお金の大切さを知りたい、と名演技で演説。
担任にはこれから大学に入り、授業料免除といっても色々とお金がかかる、父を助けたいとこれまた名演技で優良生徒を演じきった。
なんとか今年のクリスマスと父さんの誕生日は大丈夫そうだな。
週4ぐらい入りたかったけどこれで体調崩したら元も子もないからな。
意外に冷静である。
9月に入るがまだ外はねっとりと暑くきちんと締めたネクタイが心地悪い。
少しネクタイを緩ませながら智希はコーチのいる職員室へ向かった。
「失礼します」
「おおー泉水ーインハイほんとによく頑張ったな!お前はうちの誇りだよ〜」
「泉水ー聞いたぞー大学推薦二桁きたらしいな?さすが!がんばれよ!」
「泉水〜お前取材断ってるって本当か?こういうのも今後のために必要なんだぞ?」
「泉水ー」
「泉水ー」
「泉水ー」
この一ヶ月、職員室に入るといつもこんな感じだ。
智希は適当に愛想笑いで誤魔化して、奥の席に居たコーチに声をかける。
「おーお疲れ」
「毎回職員室に呼ぶの、わざとでしょ」
「そんなことないって」
もみくちゃにされた智希を見てニヤニヤ笑いながらギイ、と音を立てて椅子を回す。
智希を見上げると、この2年で増えたコーチの白髪が風になびいて揺れた。
コーチっていう職業も心労溜まりそうだな…
じっと頭を見る智希に気付いて眉間にしわを寄せ頭のてっぺんを両手で押さえた。
「まだ薄くないぞ!」
「そこは見てません」
敏感なのか髪の毛の話題はどうやらタブーらしい。
そういえば父さんもいつかハゲるのかな…。
でもじいちゃん白髪はいっぱいだけどまだまだ髪の毛あるしな…。
ハゲた父さんでも全然可愛いけど。
気にして育毛剤とかめっちゃ買いそう。
俺にバレたくなくてコソコソ怪しい商品買うけど結局郵便物の商品名とかでバレそう。
「ところで、泉水。ここに来たのはお墓参りの話だろ」
「あ、はい」
老ける有志を妄想して思わず顔が緩みそうだったが我慢して顔を戻す。
「昨年同様、連休に母のお墓がある九州へ行きたいので、お休みさせてください」
「わかった。こっちは大丈夫だから、お父さんとゆっくりしてこい」
「ありがとうございます」
強豪校である智希の高校は夏休み返上でほぼ毎日練習がある。
父有志もお盆は休みだが書類が溜まり会社に出なければならない日もある。
お互いの休みがあったとしても1日程度なので、ゆっくりお墓参りをしようということで9月の連休に行っている。
昨年、始めて有志と智希の思いが通じてから一緒に行った母、沙希のお墓参り。
智希は制服、有志は黒いジャケットを着て九州の墓地へ向かう。
今年も…父さんはきっと……。
コーチに一礼すると、再びもみくちゃにされそうになりながら職員室を駆け足で抜けだした。
[ 71/121 ][*prev] [next#]
[novel]