18







シャワーから上がると、リビングには寿司とお吸い物が並べられていた。
お吸い物は寿司屋が無料で提供しているものだ。ポットのお湯を注ぐだけなので有志にもできる。

「寿司とか…何年ぶりだろね」

「お前が出前嫌がるからな」

賢者タイムと言われる時間に突入する間もなく急いで精液を処理し、スエット姿になった有志。
智希が戻る数分前に届いた寿司をテーブルの上に丁寧に並べ、箸を添える。

「よし、出来た。食べよう。いただきます」

「いただきます」

商店街にある人気店のお寿司屋。安価とは言えない値段だけあって味も新鮮でおいしく種類も豊富だ。
有志も智希も寿司は好きだが、晩ご飯を作ることにプライドがあるらしい智希は外食も店屋物もいい顔をしない。

有志が少しでも料理を作ることができたらいいのだが、玉子焼きを作るだけでフライパンをダメにしてしまう父親に息子が台所を渡すわけがない。

「はい、お前はサビ抜きだろ」

「……わさびつける」

「え、でもいつもは…」

「今日は大丈夫」

店主に頼んでいたわさび抜きを皿に取り智希に渡したのだが、本人はむぅ、と口を尖らし一緒についていたわさびの袋を開けた。

わさびいけるようになったのかな?

そう単純に思った有志だが、実際はいつもの大人アピールなわけで。

「っ………ーーーーーー!!」

わさびを混ぜた醤油に寿司を適量つけて口に運んだ瞬間、独特のツンとくる辛さが鼻の奥を通りぬけ智希の目尻に涙をためていく。

「やっぱりまだダメなんだろ!」

声を出さず悶える智希を横目に捉えながらお茶を差し出す。涙目になりながらゴクンゴクンと喉を鳴らし胃の中へ押し込んでいく。

「…ふぅ…ふぅ…」

まだ少し赤い顔でおかわりしたお茶を再び一気飲みする。有志はその行動を見て、胸が苦しくなり箸を置いた。

「…ごめん…ごめんな智希」

「…え?」

わさび入れたのは俺なのに、なんで父さんが謝るんだ?

わからずコップを置いて顔をのぞき込むと、有志は小さく震えていた。

「…父さん?」

「……お前がそうやって無理やり大人になろうとするのは…俺の……父さんの所為なんだよな」

涙は出ていない。
しかし声は小さく体同様震えている。
智希はしまった、と眉を顰めると、席を立ち有志の隣のイスに腰を降ろした。

「なんで、なんで父さんが謝るんだよ。大人になりたいってのは確かに思ってるけど…なれなくてイライラして…迷惑かけてるのは俺じゃん。進路のことも、父さんは俺のために色々考えてくれてるのに俺、自分のことしか考えてなくて…。自分が父さんと一緒にいれる方法しか考えてなくて…」

肩をおろし小さくなる有志をきつく抱きしめ額を首元に押し付ける。
甘えるように何度も擦りつけてさらにきつく抱きしめる。

しかし、有志の反応は無い。

不安になった智希は顔を上げ有志を見ると、今にも泣きそうな顔で唇を噛み震わせていた。

「父さん…」

伝染したように智希も泣きそうな顔になり唇を震わせると、そっと、そっと、そっと、触れたかわからないぐらいのキスをした。

「も……無理だって言ってんじゃん……父さんと…離れるの無理って…言ってんじゃん…」

再び有志の首元に顔を埋めて、震えて聞き取れないぐらい声を絞り出した。

しかし有志にまだ反応はない。聞こえているはずなのだが。
未だ抱きしめ返すことはせず辛そうに顔を歪める。

「…で、でも…父さんが…言うなら……俺、大学行く…親子の関係に戻りたいって言うんなら…戻る」

「えっ…」

その言葉が聞こえた瞬間有志は体を起こし智希を引き剥がす。
座ったまま向き合い腕を掴み見上げた。

「元の親子に…戻れる…のか?」

「父さんが望むなら俺、頑張るよ」

力の無い笑った智希の顔。
この顔は知っている。よく知っている。
我慢して、嘘をついて、とても辛い時の表情だ。


そうだ、そうなることがいいんだ。
元の親子に戻れることが一番いいんだ。
それを望んだのは自分じゃないか。
そうなって欲しいから、智希に大学進学してもらい、新しい出会いをしてこの関係に終止符を打ってもらえばいいじゃないか。
そう、説得するため今日は話し合いをしようって言ったんじゃないか。
智希からそうするって言ってくれたんだ。
これでいいじゃないか。

これで無事、智希は幸せになれる。




無事………




「い、やだ…」

「え?」

あんなにもシミュレーションした、別れの言葉。
諭す言葉。
この関係がどんなに不毛か。

今日一日は仕事が手につかずずっと智希に伝える言葉を考え答えが出ていたというのに、智希から先にその言葉が告げられると予定した言葉と真反対の言葉が出てきた。

掴む腕がさらに強くなり智希が少し顔を歪ませた。
その瞬間、有志の顔も歪み一気に涙が溢れてくる。

「ごめ、…ごめん智希……違うんだ……俺の方が…自分のことしか考えてないんだ…」

形勢は逆転してしまって、今度は有志が震え掠れた声を絞り出している。
有志の腕を優しく掴んで離し、溢れ出る涙を何度も拭ってやった。
しかし決壊した有志の涙腺はどんどん溢れてくる。

「父さんはいつも俺のこと真剣に考えてくれてるだろ?悪いのは…いつも俺だから」

「がう……だって…俺……逃げたんだ…このままだったら智希から本当に離れられなくなるから…智希が大学行って外の世界が楽しいってわかったら…俺をフってくれるって…俺にはできないから…智希が全部言ってくれるって……。なのにいま…今…智希が元の関係に戻るって言った瞬間…息ができなかった…想像したら吐きそうになった…俺……本当に……本当にもう……ダメ過ぎる…」

「…あーーーもう!!」

「とっ…いでーーー!」

グズグズと泣き続ける有志の頬を両手で掴み、千切れるのではないかと思うほど強く引っ張った。

「なんでまだそんな事言ってんの!父さんが倒れた時言ったじゃん!一生離れないって!ずっと一緒って!!お互い腹括っただろ!!」

智希が怒った。

「で、でもやっぱり…俺達は親子で…智希は俺と一緒にいると絶対ダメになってしまうって…」

ヒリヒリする自分の頬を撫でながら我ながら女々しいことを言っているなとさらに凹んでしまうわけで。
腹を括ったつもり、だった。
でも自分の両親、つまり智希の祖父母の事を、沙希の事を思うと辛くてご飯が喉を通らないのは事実だ。

智希との毎日は幸せ過ぎて、充実し過ぎてて麻痺してしまう。

「……ごめん。やっぱ俺が悪い。父さんに甘えてた。父さんとこの関係になれたことで浮かれて…自分無敵みたいに思ってた。……不安にさせてごめん」

あんなに怒っていた智希の顔はどんどん優しくなり、頬を引っ張った手は有志の頬を優しく包み込んだ。


あぁ、沙希に似てるな…。


有志はそう思い智希の胸に顔を埋めきつく抱きしめた。
智希もそれに答え無言のままきつく抱きしめ返す。

「………父さん…俺、大学行くよ。まだどこかは決めてないし、そこでバスケをするかわかんないけど」

「智希…父さんの考え押し付けてごめんな。お前が大学行きたくないって言うならもちろん別の道を…」

「ううん。行きたい。大学行って、めっちゃ勉強して、大学卒業後3年以内に年収2000万稼ぐ男になる」

「どんな仕事するんだよ」

逆に怖いわ、と笑いながら肩を揺らすと、智希はやっと笑った有志に安堵し体を離した。

「あのね、ちなみにさっきの、まだ続きがあったんだけど」

「さっきの?続き?」

「うん。大学行って、父さんと親子の関係に戻る、ってあと」

智希はニッコリ笑って有志の手を掴み引っ張ると、テーブルを抜けリビングのソファに腰掛けた。
有志を座らせやや高い視線から笑みを落とす。

「父さんと親子の関係に戻ったとしても、勉強していい大学行って、いい会社に就職して、ある程度稼げるようになったらもっかい、ちゃんと言う」

「ちゃんと?」

「うん。俺と、一生一緒にいてください、って」

ファンクラブまで出来ている智希の満面の笑みが、30を過ぎた男性に向けられている。
キザ過ぎるその言葉にカァっと顔を赤らめ口を手で覆う有志。

「できないけど、結婚してくださいって言う」

「智希、俺と結婚してくれるのか」

「するよ。したい」

「そう言えば昔智希にプロポーズされたな…。お父さんと結婚するって」

「覚えてないな…でも自覚症状ない頃からそれ言ってたってことはかなり一途じゃない?で、その時父さんはなんて返事したの?」

「……覚えてない」

「嘘だー」




『僕ね、お父さんと結婚したい』

『智希、父さんと結婚してくれるのか?』

『うん!幸せにする!』

『本当?じゃあ智希と結婚するよ』

『やったー!』



10年以上前に交わされた言葉が、また聞けるなんて。


有志と智希はソファの上できつく抱き合い、ほんの少し離れていた時間を埋めるように熱いキスをした。


「はっ…んんっ…」

「っ……父さん、今度指輪買おう。結婚指輪買おう」

「智希…父さんと結婚してくれるのか…」

「なんで同じこと2回言うのー」

ケラケラ笑う智希の頬を撫で、愛おしそうに頬にキスをする。
智希はそれに答え有志の手を掴み唇を重ねる。

何度も、何度も。

「っ……はっ…ぅ…智…智希…」

何度も角度を変え強請るように入ってくる智希の舌をおいしそうに味わい体をくねらせる。
服の上から体を弄り有志の乳首を見つけると、舌を絡ませながら親指でグリグリと刺激させた。

「父さん……」

「と、智……シたい…今すぐシたい……」

「うん…俺も」

折角の高級寿司が可哀想に食卓の上でポツンと待っている。
しかし火のついてしまった彼らの頭に、寿司のことなんか欠片もなくて。





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