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なんで、なんでみんな邪魔するんだ。

大丈夫。今日話し合ったら絶対わかってくれる。

俺と父さんは、ずっと一緒にいられる。

午後からの授業は身に入らない。
早く帰りたい。早く帰って有志と話し合いたい。
話し合って、仲直りして、腕の中で有志を抱きしめ感じたい。

うずうずと体が熱く響いてまるで砂漠にいるかのように喉も乾いた。

智希には自信があった。
今日帰ったら仲直りできる自信があった。
東條の力を、他人の力を借りなくても解決できる自信があった。


大丈夫、大丈夫。と、何度も言い聞かせているというのに一向に不安が消えてくれない。
心臓の奥でチクチクと針が智希を突き刺し鈍い痛みを与えてくる。


気がつけば放課後になっていた。

担任に呼ばれ進路の話をされるかと思ったが普通にホームルームが終わりざわつく教室内。
出て行く担任の背中を見つめなんだか拍子抜けをしてしまった。

でもきっと監督に話はいってるだろうな…

昨日の様子から智希が大学進学を拒んだことを、監督は知らないようだった。

だとしたら今日言われるか…それとも俺が言うまで何も言ってこない、か…。
でも今日はちょっと嫌だな…父さんと話し合うって約束したし…。


しかし智希は揺れていた。
昨日担任に就職すると言ったものの、有志を怒らせてしまったので大学進学も必然的に視野に入れてしまう。

父が望むなら、有志が望むなら大学へ行く。
そうすることで有志が安心してくれるのなら。



「おつかれさまでした」

練習が終わり足早に着替えると、部室を出てすぐの所に監督がいた。智希に気づくと険しい表情のまま近づいてくる。

…やっぱ、きたか。

試合中なんともなく普通だったのでやはり担任から聞いていないのかと思ったが、智希の予感は的中した。
監督本人も自分が何を言うか気づいているとわかったのだろう、智希の前にくると普段あまりしない苦笑いをして頭をかいた。

「………ちょっと、時間あるか」

「…すみません、進路のことですよね…。実はそのことで今日父さんとちゃんと話そうって決めてて…」

「そうか…。まぁ、なんだ、俺はお前の担任じゃないからな、うだうだ説教したりするつもりはないが……一言だけ……………時間は、戻らないんだぞ」

「っ………」

ぐ、っと、重みを感じた。
目尻にシワを溜めて大人の表情で笑う監督を見て、みんなの期待に答えられていないと痛感する。

もったいない、と思ってくれていることが、もったいない。

「……ありがとうございます。ちょっと…まだ保留っていうか………もう少し考えます」

「そうだな…お前はキャプテンもやってもらってる上に絶対的エースという看板を1年の時から背負ってもらってる。重圧ばかりかけて悪いな」

「いえ…」

俯きながら簡単にそう言うと、失礼します、と深く頭を下げ監督の前を通り玄関へ向かった。


「進路の欄に父さんとずっと一緒って書けたらいいのに…」

そんな少女マンガのようなことを呟きながら学校を出ると、携帯の時計を確認しながら小さく溜め息をついた。
そして今日に限って自転車ではなく、徒歩である。

「あーこんなことなら一回家戻ってチャリでくりゃよかったー」

足早に校舎横の歩道を抜けると、もう一度携帯を取り出し有志からメールが着ていないか確認する。

大丈夫、大丈夫。だけどまだ、不安が取れない。
なんだか後ろから迫り来る得体の知れないナニカに有志を連れて行かれそうな、自分では手の届かない場所へ連れて行かれるような。

ツツっと汗が流れたがそれは早歩きをしているからか、冷や汗なのか。

とにかく急いで家に帰りたい。
有志のいる、二人だけの部屋に。

数分歩いた所で突然名前を呼ばれた、ような気がした。

いつもならiPodを聞いているのだが今日は音楽を聴くことも忘れ歩くことに集中していた。
そう、いつもなら音楽を聴いていたから聞き取れなかったかもしれない。しかし、気づいてしまった。

なんとなく振り返り植木のある通路を見ると、まるで亡霊のようにフラリと立っている少女が見えた。

っ…!!

思わず声が出てしまいそうだったが、すぐにそれが誰だかわかり一瞬にして嫌悪の表情が混ざる。

あぁ、振り返るんじゃなかった。

「あ、あの…泉水先輩」

「………」

先日智希の家まで跡をつけ、告白してきたマネージャーの橋本詠美だった。
振り返ってくれたことに安堵したのか肩を降ろし智希の元へ駆け寄ってくる。薄暗い通路から零れる家の明かりと車のヘッドライトだけが彼女を写しだして、なんとも不気味だ。

しかも、若干ストーカーが入っているので、智希にとって今は脅威でしかない。

「なに、どうしたのこんな時間に」

本当は無視をして家路につきたかったのだが、一応キャプテンだ。そして彼女はマネージャーだ。
もし部活のことで相談があるのなら聞かなければならない。

あからさまに大きな溜め息をついたのだが、声をかけてもらった本人は嬉しさのあまりか笑顔で近寄ってきた。
それを見て智希はさらに嫌悪を抱いた溜め息を零す。

「あ、あのお時間よろしいでしょうか」

緊張しているのか会社で新人が上司に向かって話すような口調で聞いてくる。
そのしゃべり方がまた智希を苛立たせるというのに。

「ごめん、急いでて…」

うち父子家庭だから、とか、晩ご飯作らないといけないから、とか言おうと思ったが、このマネージャーにプライベートな事を言うのがとても怖くて言葉を詰まらせた。
すると彼女は一瞬暗い顔をしたが、すぐぐっと何かを堪え智希の目の前に来て息を飲んだ。
自分より背の高い智希を見上げ微かに頬を赤らめぎゅっと手を握る。ほんのり汗もかいているのだろうか、熱い熱気もこみ上げてくる。

「あの…本当に…付き合って欲しいなんて言わないので…その…見習いというか… 候補にしてくれないでしょうか…」

「………」

呆れた。
と、顔に書いて眉を曲げるけれど、彼女はうつむき智希の顔を見ない。
いっそ言ってやろうか。俺の本音。

「…俺なんかの…どこがいいの」


好きな人を困らせるような幼稚な俺。


「あ、その、最初は見た目がかっこいいなーって思って好きに…なったんですけど、同じ部活に入って、その、先輩とてもしっかりしてるしみんなをまとめるのも上手だし」

「俺、全然しっかりしてないけど」


あまりの不甲斐なさに昨日、恋人帰ってこなかったんだけど。


「そんなことないです。周りをちゃんと見る視野もあって、思いやりもあって」

「思いやり?」


自分ばっか突っ走って、相手のことなんも考えず結果失望されたんだけど。


「はい。とても賢くて、優しくて、大人で、相手の事を考えてくれる素敵な人です。



単純で、ワガママで、子どもで、自分の事しか考えてない最低なガキ。



急に気分が悪くなり目眩がした。本当に、本当の自分を自覚した。
あまりにも自分が有志に負担をかけていたということに。
ただでさえ男同士、の前に血縁者だ。父と、子だ。
それだけでも負担は大きいというのに、こんなにも精神面で最愛の人を守れていなかったなんて。


「…ごめん」

「えっ、や、あの、その」


「ほんとに…君じゃないんだ…」


「………」


俺が欲しいのは、泉水有志なんだ。


そう心の中で叫ぶと、智希は橋本詠美を置いて走りだした。





父さんに会いたい。

いつも思っているけれど、今日は、今はいつも以上に有志を欲している。

時計を見れば19時を回っていて、思わず眉を曲げ嫌悪した表情になる。
足はどんどん加速し信号を渡り、路地を抜けいつもの交差点に出る頃には全速力になっていた。
スポーツバックを背負って薄暗い街頭だけの道を走る。息を切らし走る。

会いたい。早く会いたい。

やっといつもの住宅街に入り家へ向かう。
汗を流し息を切らし、わが家の窓を見ると明かりが灯っていた。

「はぁ…はっ……た、ただいま!」

自分が思っていた以上に体力を消耗していたようで、ドアがひどく重く感じ、声も擦れていた。

早く、早く父さんに会いたい。

乱暴に靴を脱いで玄関に上がろうとした時、リビングのドアがガチャリと響いた。

「…おかえり…凄い汗だな」

「ただいま、ご、ごめん遅くなった!」

「そんな気にしなくていいのに」

クスリと笑う有志を見て智希は泣きそうになった。

いや、気がつくと、泣いていた。

「と、智?!」

「えっ…あっ」

汗だと思っていた水分はどうやら涙のようで、しかも一滴流れ落ちた、なんて可愛いもんじゃない。
滝のように溢れ出てくる。

「ど、どうした?!なんか変質者にでも追いかけられたのか?!」

「あっちがっ…あれっ…」

「っ…ちょっと外見てくる」

勘違いした有志はさっき帰ってきたばかりなのだろう、背広にネクタイを外しただけのままドアを開けようとした。

「父さん待って…!」

ドアノブを掴む有志の腕を掴み後ろからぎゅっと抱きしめる。
有志は一瞬息を飲み体を震わせると、背中に感じる熱を全身に感じて目を閉じた。

「違う…違うから……ごめん…」

「そ、そっか……じゃあ…よかった」

抱きしめ返したかった。
振り返り智希の胸の中に顔を埋め力いっぱい抱きしめたかった。

「っ………」

また一つ、息を飲んでドアノブを離し顔だけ振り返る。

「とりあえず風呂入ってきたら?ほんと汗、凄いから」

「あっごめん…おれ…汗くさい…」

「晩飯も、久しぶりに寿司取ったから」

そう言いながら智希の胸を押して体を離すと、背広を脱ぎながら和室へ入っていった。

「………」

今朝と同じ空気だ。
智希は直感でそう思った。



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