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そういえばこんなこと、前にもあったな。

あの時は俺が出てって、父さんは俺を捜し回ってくれた。

見つからないまま家に帰ると、一睡もしないまま待っててくれた。

あの時も俺は子どもだった。

自分の意見が通らないからって、拗ねて、迷惑かけて。

そっか、俺、いつも父さんに迷惑かけてるな。

今まで父さんに迷惑かけないように、父さんに褒めてもらうためだけに生きてきた。

なのに父さんと通じ合ってから、迷惑しかかけてない。

何してんだ。

ダメじゃん。

俺、は、父さんと両思いになったら、ダメ、な、の?









平日の始発だというのに乗客は少なくない。むしろ多いぐらいだ。
朝帰りであろう大学生ぐらいの女の子、夜の仕事をしているであろう男の子。

びしっとスーツを着て新聞を読んでいるサラリーマンもいる。

日本は忙しい。

誰がどんな想いで生きていようが朝はくるし、働かないといけない。

有志はぼんやりと電車に揺られ座りながら窓の外を見た。

キレイだ。
日本の街並みはキレイ。

自分は?
自分はキレイ?

まだ17歳だった智希の母沙希は小さな体で激痛に耐え智希を生んでくれた。沙希に顔向けできるような人生を送っているか?

唯一残してくれた大切な宝を、智希を、人道から外させこのまま進み続けていいのか?

「っ……」

有志は身震いし顔を青ざめた。

大学進学の道に進んでほしかった。
良い大学へ行き、良い会社に勤め、人望のあるすばらしい大人になってほしかった。
あの子なら出来る。

しかしそれがただのエゴだということは、薄々気づいていた。

本当に大学へ行って社会人になることが正しい人生なのだろうか。

家では毎晩血の繋がった実の父親とセックスをしているのに?

有志は再び身震いし、背もたれに体を預けた。


違う。

本音は。

俺の本音は。


大学へ行けば色んな人に出会う。

器用な子だ。なにか打ち込める趣味に出会えるかもしれない。

やっぱり女の子がいいってなるかもしれない。

父親との関係がいかに非生産的で何も生み出さないということに気づくかもしれない。



やっぱり、このままではダメだと気づいてくれるかもしれない。



「ぅっ……」

背もたれに預けた体を今度は丸めうずくまると、体調が悪いように呻き喉を圧迫した。

それに気づき有志に話しかける者もいたが、有志はただ大丈夫と謝った。



俺から智希に終わりを告げることはできない。

でももし、智希から終わりを告げてくれたら、きっと、この関係は終わることができる。


立ち直れないかもしれない。

死にたいと思うかもしれない。


でももし、智希が幸せになる道を選んでくれるのなら、それだけで十分じゃないか。

それだけで俺は、俺も、俺自身も、幸せになれるじゃないか。


「……大学に入れば智希も…きっと…気づく…幸せになる道がある……」







「… ただいま」

シン、と静まりかえったわが家。
まだ朝の6時過ぎだ。智希は寝ているだろうか。

「…………」

有志は重い体を動かしリビングへ向かった。やはり静まりかえっている。
テーブルを見ると昨日の夕食だろう、ラップに包まれたおかずが見えた。

それを見て思わず涙が出そうになった。

しかしぐっと堪えゆっくり階段を上り、2階へいく。

「………」

智希の部屋の前についた。とても静かだ。まだぐっすり寝ているのだろうか。

「起こしたら…ダメ…だよな」

思わずノックをしそうになったが、手を引っ込め拳を握る。

「……とも…き」

小さく弱々しく吐き出すと、ズルズルとドアにもたれながらしゃがみ込んだ。

泣くな。泣いたらダメだ。

ぐっと堪えていると、突然玄関のドアが開いた。

「えっ…」

こんな時間に…誰だ?

急いで階段を下りて玄関へ向かうと、汗だくになった智希が靴を脱いでいた。

「と、もき……」

「あっ……帰って……たんだ」

「う、うん……おかえり」

「………ただいま。父さんもおかえり」

「ただい……ま」

お互い少し何かを詰まらせながら会話をすませると、智希は汗を袖で拭き中へ入っていった。

「とも…」

「ごめん、汗くさいしとりあえず風呂はいるわ。父さんはご飯温めて食べてて」

「あ、うん」

目が、合わない。気まずい空気だけが漂っていて、言おうと思っていた言葉があったのに今では真っ白だ。

智希は直接風呂場へ向かってしまった。
一人残された有志はとりあえず着替えようと自室へ入る。

「………」

シャワーの音が響く。
智希は今、何を思っているのだろうか。

有志は何も考えることができない。

機械のように背広を脱いで部屋着に着替えるとリビングへ向かった。
テーブルの上に置かれた2人分の料理。

「…まさか智希…晩ご飯食べてないんじゃ…」

手のつけられていない料理に顔を歪めた。

何してんだ、俺は…
父親なのに…

頭を冷やそうと思って東條の家には行ったが、東條は何も言わず、聞かず、ただ寝床を貸してくれるだけだった。
何か聞かれたらこう答えようというシミュレーションはしていたが、あまりにも大人過ぎる対応に有志は自分が恥ずかしく思えた。


こんな子どもみたいな真似して…何やってんだ…

また自分で自分に腹が立ち唇を噛む。するとものの数分で智希が風呂から上がってきた。

下着とズボンだけを穿き、濡れた髪を乱暴に拭いている。

あぁ、やっぱりかっこいい…。
じゃ、なくて。

自分につっこみ顔を赤らめていると、智希は笑いながらダイニングテーブルに座った。

「お腹空いてなかった?東條さんちで食べてきた?」

「あ、うん…軽くだけどいただいた…その、ごめん、折角作ってくれたのに」

「いいよ。今日の昼飯にするし」

「………」

いつもと変わらない会話なのだけれど、どこか違う。お互いの温度が違う気がする。

突然の沈黙が訪れて、智希の髪の毛を拭く音だけが聞こえる。

有志は我慢できず智希に向かい合うよう座り真剣な目で見た。

「智希…今日なるべく早く帰ってくるから、ゆっくり、じっくり話そう」

「…………うん。俺もそうしたい」

智希は有志の真剣な目に答え手を止めると、同じく真剣な目で有志を見つめた。


大丈夫。
わかってくれる。絶対、父さんならわかってくる。
俺には父さんしかいないって事、父さんには俺しかいないって事。
この先、2人でずっと生きていくって事。
生きていけるって事。

ちゃんと謝って、自分の非を認めて、父さんの言う通りにするから、もう、俺から離れないで、って。

智希は自分で自分に決意し、ぐっと喉を鳴らし再びタオルに手を伸ばした。


「じゃあ…弁当と学校の用意するわ」

「あ、うん。何か手伝うこと…」

「いつも通りだから大丈夫だよ。父さんはもう1時間ぐらい寝たら?疲れてない?」

「大丈夫。東條さんちでぐっすり寝させてもらったから」

「っ………」

髪の毛を拭きながら普通に聞いていたけれど、ふと思い出される昨日の光景。


俺は昨日、東條さんに敗北した。完敗だった。

俺よりも大人で…父さんにお似合いな人。


智希は無言のままタオルを持って部屋へ向かった。







「じゃあ、いってきます」

「ん、いってらっしゃい。部活頑張るんだぞ」

「……うん」


智希は靴を掃き終え立ち上がると、いつものように有志と視線を合わせニコリと笑った。

いつもなら、ここで…


「っ…ほら、遅刻するぞ」

「あっ……う、うん」


いつもなら、ここで、必ず。


有志に背中を押され半ば強引に家を出されると、智希は鞄を持ったまままるでそれが絶望のように顔を青ざめ床にしゃがみこんだ。



「たまたま…忘れてたんだよ…な」



いつの日からか、毎朝の日課になっていたこと。



「………大丈夫…大丈夫」


当たり前のようにやっていた家を出る前の儀式みないなこと。

その日智希と有志は触れるだけのキスをしなかった。

智希は吹き出る汗を拭うことも出来ないまま学校へと向かう。



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