きっかけは些細なことだった。何時もと同じように、コート整備をしていたら不意に宍戸が跡部の家の話をし出した。思えば、跡部の家に行ったことがないなぁ、って。パーティーとか招待されたことはあるけど、都合が合わなかったり体調が悪かったり。二年以上の付き合いだから、皆は幾度となく行ってるみたいだけど。

「お前、本当に跡部の家行ったことねーのかよ?」
「あー…無い、なぁ」
「マジマジ〜?跡部ん家、すっげー豪邸だC〜!」

ジロちゃんが跡部の家の話をすれば、日吉も話に加わって来た。いつもならコート整備が終わったらそそくさと帰るくせに。日吉が話したのはオカルトチックな内容だった。

「跡部さんの家には、開かずの扉というか、魔の部屋があるらしいですよ。」
「はぁ?誰が言ってたんだよ、それ」
「……樺地さんですよ」

情報源が誰か分かった瞬間、疑っていた宍戸でさえ神妙な顔をした。あの跡部と一緒にいる樺地が言うのだ、疑う理由なんてない。

「それに、跡部さんの部屋には一度も入れて貰ったことがないです」
「…言われてみれば」

確信に近い何かを掴んでいるように話す日吉に、宍戸もジロちゃんも自然と口数が減って行った。跡部の家に行ったことがない私ですら気になるくらいだ、幾度となく行っている彼らにとってその部屋は興味深いものだろう。そして話し合った結果、私が今日跡部の家に行って、跡部の部屋をこっそり見て来いと言われた。

「でもさ、急に家に行きたいって私が言って、跡部に断られたらどうするのよ」
「その時はその時ですね」
「大丈夫だC!写真シクヨロ〜」
「じゃあな」

一方的に任せられ、三人は帰って行った。何でも、今日は向日の家でマリカー大会をするらしい。それだけの為に、私が跡部の家に行くことになった。なかなか不憫である。

「大体、跡部の…」
「俺様がなんだ」
「え、」

部室に入って来たのは紛れもない跡部本人だった。「俺様が何だよ」と催促されたので、正直に「跡部の家に行きたい」と言えば彼はいいぜ、と笑った。

「本当にいいの?」
「断る必要なんてねーだろ」

それもそうだけど、と口籠もる私を引っ張って、跡部の車に乗せられた。初めて行くのもあるが、跡部と二人きりだと思えば緊張してきた。平気なフリをして窓の外を見た時、跡部は「もうすぐ着く」と呟いた。

「…スゴい、」

私の家とは比べものにならない程広い豪邸に、吸い込まれるように車は入って行った。運転手さんは私たちを中に案内すれば、そそくさと帰って行った。しかし思ったよりも、人の気配がない。

「メイドさんとかいないの?」
「今日はいねーよ。」

ふうん、やっぱりメイドにも休みがあるものなのか。てっきりメイドや執事は住み込みだと思っていたけど。跡部に案内されたのは応接間のような場所だった。飲み物を持って来る、と彼は告げ出て行ったまま、かれこれ五分は経つ。この部屋にずっといるのも暇だったので、宍戸たちに言われた通り跡部の部屋を探すことにした。しかし広い、どこが跡部の部屋かもさっぱり検討が付かない。同じ階の部屋は大体見回ったけれど、跡部の部屋らしき場所は無かった。

「おい、何をしている」

応接間に戻ろうとした所を運悪く彼に見付かった、咄嗟に言い訳が思い付かなかったので、仕方なく正直に言うことにした。

「俺様の部屋?」
「うん、宍戸たちが見たいから写メって来いって」

別にいいぜ、と跡部は笑った。

「え、嘘?本当に?」
「ああ」

案内してやる、とわたしの手を引っ張って彼はぐんぐん先に歩いて行った。階段を登って突き当たりまで行けば、他よりも厳重そうな部屋が一つあった。跡部は懐から鍵を取り出し、ゆっくりと鍵穴に差し込んだ。カチャリ、と一周した時わたしの心臓は高鳴った。ここが、跡部の部屋。宍戸たちも見たことがない場所に、わたしはいるのだ。おもむろに入ったが、中は真っ暗で周りが見えなかった。後ろで彼がスイッチを入れた瞬間、はっきりと部屋の中が見えた。

「………………え、?」

壁一面には、写真。わたしが寝ている写真や、部活の応援中の写真、更には宍戸たちとカラオケに行った写真まであった。

「なに、これ?」
「何って、写真だろーが」
「…何で、?」
「あ?自分の女を見守るのに理由なんているのかよ?」
「ちが、」
「…やっと俺様の家に来るようになったな。照れ屋なお前の為に今日は二人きりだ、たっぷり可愛がってやるよ。」

優しく抱き締める彼は、果たして何を見ているのだろうか?写真越しの私は、全て此方を見つめていた。


跡部景吾