「わん、海に行きたい」

あれは暑い夏の日だった。部活の途中に急に裕次郎が言い出した一言に凛は呆れたように鼻で笑った。確かに今日は普段より蒸し暑い、裕次郎のように海に行きたい気持ちも分かる。しかし今は部活中だ、あのバカはそんなことも分からないのか。私と木手は眉をひそめて額の汗を拭った。拭っても滴り落ちる汗に、裕次郎は不快そうに前髪をあげていた。

「まだ部活中ですよ」
「ちょっとだけやっしー」

木手の制止を鬱陶しそうに振り切って、遂に裕次郎は行ってしまった。残されたわたしたちの間には重い空気が漂い、まるで梅雨の不快指数が振り切ったときのようだ。木手の機嫌を損なわぬよう、慧くんと寛くんはラケットを持ちコートに向かおうとしていた。それに続いて、わたしも裕次郎のラケットとみんなのタオルを持って移動しようとすれば、後ろから「待ちなさい」と聞こえてきた。私たちの動きを止めたのは、誰でもない部長の木手だった。

「まったく…仕方ないですね」

木手のその一言で凛は駆け出し、わたしもラケットを置いて裕次郎を追いかけた。後ろを振り向けばやれやれ、と木手が呆れているのが見えた。

5分くらい走れば、裸足で砂浜にいる裕次郎の姿を見付けて、ゆーじろー!と大声で叫んだ。振り返った彼は私たちを見て首をかしげた。

「あいひゃー?やーもサボりばぁ?」
「ゆーじろーと違ってえーしろーから許可もらったさぁ」

裕次郎のせいだからね、と脱いだサンダルを放れば凛が上手いことキャッチして揃えて置いてくれた。女の子なんだから上品にしろやー、というお節介な一言付きだけども。じゃぶじゃぶと膝下まで海に入るわたしを見て「浸かればいいのに」と潜っている裕次郎が言ってきた。

「浸かるのは、ヤダ」
「ぬーんち?」
「…なんとなく、」

そんなやり取りをしていれば、わたしと凛から遅れて木手が他の部員を引き連れてやって来た。みんなサボりやっしー、とどこか嬉しそうに言う裕次郎にその場にいた木手以外のみんなが笑った。







「だから、二回戦で負けるんですよ」

わたしたちは、木手の一言で一気に現実に引き戻された。そうだ、今は沖縄でもなければ学校の近くの砂浜でもない。悔しそうに顔にタオルを押し付けるみんなは肩を震わせて泣いていた。私たちは、負けたんだ。

今日だけは、あの綺麗な青い海に潜りたいと思った。


木手永四郎