好きな科目は、国語と美術。好きというか、唯一の得意科目。どっちかというと国語がすき。日本語って沖縄の海くらい綺麗だし。美術は授業が楽しいから好き。でも英語は死ぬほど嫌い。一人称とか二人称とか三人称とか。全然わかんねぇ。アイとかゼアとかシーとかいろいろありすぎて。シーなんて海っていう意味もあるし。それを言ったら裕次郎に笑われた。そのシーと俺の言っているシーは違うシーらしい。案外どうでもいいけれど。シーイズントシーと訳も分からず屋上で呟いていれば突然声をかけられた。

平古場くんって、案外よく喋る人なんだね。

彼女と出会ったのはつい最近だった。最初に出会ったのはテニスコート、その次は浜辺、行く先々で彼女は俺を待ち構えていた。そして五回目に会った今日、初めて彼女に話し掛けられた。なんと彼女は同じ比嘉中の生徒だったのだ。しかしこんなやつ俺は学校で見たこともない、胡散臭い比嘉中の制服に顔をしかめれば彼女は不意打ちをつかれたようにキョトンとした。

「会うの、五回目だよね」
「…」

まるで彼女も数えていたかのような口ぶりに少なからず俺は動揺した。確かに今日で五回目だ、それは知っている。その時ふと何故俺も今まで会った回数を数えていたのか引っかかった。特に美人というわけでもなく、どこにでも居そうな女。格別惹かれるような要素は、彼女から感じられないのに。

「やー、わんに何か用ばぁ?」
「うーん、特に用はないけれど話しかけてみたかったから話しかけたの。」

それだけ言えば彼女は俺の元から立ち去って行った。あれから数日経っても彼女のことが忘れられない。気になって仕方がないので親友の裕次郎に相談すれば、それは俺が彼女を好きなのだと教えられた。

「しっかしあの凛が一目惚れとは一体どんな美人なんさー?」
「…別に普通やっし。裕次郎、他ぬ奴んかい言うなよ」

好きという感情はこういうことなのか、とまるで他人事のように結論づけた。こういうときなんて言うんだっけ。アイラブシーだっけ。アイラブシー。うん、しっくりくる。アイラブシーと裕次郎には聞こえないように口ずさんだ。


「アイラブシーだと意味が違うよ。」

六回目に会ったとき、彼女にアイラブシーと言えば困ったように彼女は笑った。昔から平古場くんは英語が苦手だったもんね。とまるで長い付き合いのように言う。そんなことない。大体、英語を習いだしたのは中学からで、エービーシーからゼットまで暗唱する頃は俺も英語は好きだった。一人称だの複数形だの、トドメをさすかのように現在進行形が加わった時から敵視するようになったのだけれど。

「そこはね、アイラブシーじゃなくてアイラブハーなんだよ。ていうか、今目の前にいるときはアイラブユーでいいんだけどな。」
「やーは英語分かるばぁ?」
「分かるっていうか、…ここ先週習ったところじゃん」

そうだっけ。全然思い出せないけど彼女が言うならそうかもしれない。…あれ。先週習った?それって、俺とクラスが一緒ってことだよな?こんなやつ、クラスにいたっけ?不思議に思って彼女の顔をまじまじと見たけれど、こんな顔の女子はいなかった。誰なんだよ、こいつ。

「…やー、一体なにモノなんさ」
「それを英語で言えたら私の正体を教えてあげてもいいけど?」

う。と言葉を詰まらせる俺を置いて彼女は颯爽と立ち去って行った。誰って英語でなんだっけ。関係詞使うんだっけ。全然わからねぇ。えーしろーに聞いたら分かるのだろうけど。なんとなく、癪だったからその日から俺はまじめに英語の授業を聞くようにした。


えー、このようにこれはなんですかと尋ねるときはWhat is this?と聞きます。関係詞はほかにもあり、Whenはいつという
せんせー、それでやーは誰やっしーって英語でなんて言うんさー

見た目50歳くらいの英語教師は、いつもなら退屈そうに受ける俺が真面目に聞いているので心底驚いた顔をしていた。珍しいですねぇ、とえーしろーのようにメガネを上げまじまじと俺を見た。隣の席の裕次郎まで「熱でもあるばぁ?」と額に手をあててきた。熱なんてねーよ。

「あなたは誰ですか、はWho are you?と聞けば通じ」

そこまで聞いて授業中にも関わらず教室を飛び出した。平古場くんっ!と野太い英語教師の声が廊下に反響していたけれど、聞こえないフリをして近くの海まで走った。今日は、なんとなく、ここで会える気がする。分からないけれど。分からないけれどここに彼女がいる気がする。

「フーアーユー!フーアーユー!」

自分でも馬鹿だと思う。海辺でフーアーユーなんて叫べばただの変質者だ。周りに知り合いがいなくてよかった。心底ホッとしたとき、ぴたりと冷たいものが肌にあたった。

「平古場くん、来てくれたんだね。」

冷たいものの正体はなんと俺が探していた彼女自身だった。まるで一日中海に潜っていたかのような冷たさに背筋が凍った。ゆっくりと振り向けば彼女は濡れていた。おかしい、今日は一日中晴れているのに。

「本当はね、人間と会っちゃダメって言われてたんだ」
「でもね。テニスをしてた平古場君がかっこよくて」
「何回も会いに行っちゃったの」

「I am a mermaid.さようなら、私の初恋の人」

それだけ言えば彼女の気配は一瞬で消えてしまった。引き留めようと言葉をかける前に。好きだった、俺も彼女が。これはきっと初恋だったとおもう、決して実ることのない。わけも分からず海に向かってアイラブユーと大きな声で叫べば、沖の方で何かがぽちゃんと跳ねる音がしたような気がした。

そう言えば、人魚は七回しか人間になれないって婆ちゃんが言ってたっけ。


平古場凜