Prologue
「なぁ、頼むわ」
あの忍足が人目を気にせず、こんなに必死に人に頭を下げるなんて珍しい。ムービーでも撮って向日に送ってやろうか。もしくは宍戸、あいつなら間違いなく笑いながら長太郎に回すな。って、流石に後輩に見られたら忍足が可哀想か。
「って、聞いてる?」 「やっぱり長太郎や若にまで回されるのは、忍足が可哀想だよね」 「……はぁ?」
ほんまに聞いてたんかいな、と言いながら珈琲を飲む忍足に周りの子は釘付けだ。一緒にいる私の気持ちも察してほしい。やっぱり大学のカフェじゃなくて、近くのカラオケボックスにすれば良かった。
「頼めるんなまえくらいやねん」 「それさっきも聞いた」 「なぁ、一週間だけやん。」
忍足の頼みというのは、跡部くんという金持ちの坊っちゃんの世話係という名のメイドに、一週間だけなってほしいというものであった。何でもいつものメイドの子が風邪を引いてしまい、変わりの人が必要らしい。他のメイドは?と忍足に聞けば、跡部くんの両親に付いて行って全員海外なんだって。
「跡部くんって同い年なんでしょ?」 「せやで」 「じゃあ…」
一週間くらい、一人暮らし出来るんじゃないの。もう成人してるんだしさ、と言ったところ盛大に溜め息を吐かれた上「俺の話聞いてへんかったやろ」と睨まれた。
「あんな、跡部はゆで卵も作れへんねんぞ。あいつは常にメイドがいて当たり前やってん、」 「へぇ、じゃあ卵焼きは?」 「無理や、無理。卵掛けご飯で精一杯や。って、そーやなくてやなぁ」
こんなん頼めるん、なまえだけやねん。と眉を下げ髪を掻き上げる忍足に、周りから悲鳴が上がった。しかし当の本人は全く気付いていないのか、気にする素振りも見せない。逆に一緒に座っている私が気まずい。
「忍足ってモテるでしょ」 「はぁ?」 「モテ男も辛いね」
勝手に自己解決して頷けば「で、メイドの話引き受けてくれんの?」と催促された。
「別にやってもいいんだけどさ、何で私なの?」 「なまえは俺に対しても色目使わんやろ?だから。」 「…?」 「跡部って、自分に媚びる女は嫌いやねん」
なまえなら信用出来るわ、と笑う忍足に「一週間だけだからね」と念押ししておいた。
結局私は、押しに弱いのだ。
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