Wednesday
「いらっしゃいませー」
今日は朝からバイトがあるのを、すっかり忘れていた。私の家からは徒歩五分だけれど、景吾の家からだと電車を乗り継いで三十分はかかる。バイトの存在を思い出したのは昨日の夜だったから、勿論誰かと代わってもらえるわけもなく、今朝は六時起きだった。二人分の朝食を用意して、急にいなくなるのは申し訳ないと思い、朝食と一緒にメモを添えておいた。お昼は用意していないけれど、大丈夫だろうか…。欠伸を堪えながら必死にレジに向かえば、見慣れた眼鏡男がやって来た。
「跡部のメイド、どうや?」
爽やかな笑顔の忍足がタバコを買う姿は、不釣り合いだった。
「いい加減禁煙しなよ。…別に、フツーだよ」
禁煙なぁ、と苦笑するあたりまだ当分先らしい。忍足が喫煙者じゃなければ、私も忍足を好きになっていたかもしれない。
「せや、日曜日は跡部の誕生日やねん」
ふと思い出したかのように帰り際、彼は私にそう言った。そうなんだ、と返事をすれば「まぁほぼ初対面やしなぁ」と苦笑いしながら忍足は去っていった。 バイトから上がった後も、景吾の誕生日の日ばかり考えていた。何かプレゼントでも渡そうかな…。でも彼は自分に媚びる女は嫌いだ、と忍足が言っていた。それに何より、たかが一週間一緒にいただけで誕生日プレゼント、なんて重いよね。 結局私は、忍足から何も聞かなかったことにして、景吾の家に帰った。
「遅え、」
玄関を開ければ早速腕組みをした景吾が待ち構えていた。ごめんごめん、と軽く謝れば「腹減った」と景吾は口を尖らせた。
「今からご飯作るね、何がいい?」 「オムライスかボルシチが食べてえ」
ボルシチは食べたことがないので(ロシアなんて行ったことないし)、オムライスを作ることにした。毎回思うが、彼の食べたい料理は極端すぎる。栄養士の人が見たら絶句するだろうな……。 お昼としては遅すぎて、夕食としては早過ぎるよく分からない時間の食事となったが、景吾は気にせず食べていた。
「海外だとこの時間に食事でも普通なの?」
気になって聞いてみれば日本と対して変わらねーよ、と景吾は笑い飛ばした。それから、中高生の間は日本にいたこと、Uー17の代表に選ばれたこと、忍足や宍戸たちと一緒のテニス部だったことなどを聞いた。
「俺も英国に行かなかったら、なまえと同じ大学だったんだな」 「そうだね、」 「……こんなに俺自身のことを話したのは、なまえが初めてだ」
あどけない笑みを浮かべて笑う景吾につられて、私も自然と笑っていた。
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