部室に名前が入った瞬間空気が変わった。ジローや向日は恐らく気付いてないだろうがな。気まずそうに誰とも目を合わせない名前の態度に宍戸は気付いたのかもしれねぇ、鳳に意味深なことを聞いてさっさと出て行きやがった。
あいつらが出ていった部室内は不穏な空気が漂っていた。気まずそうに滝や日吉、他の部員が出て行った後、寝ていたジローを樺地が抱えて出て行ったので部室に残ったのは鳳、忍足、向日と俺だけだった。
「何で宍戸さんはあんなやつを部室に入れたんですか…!」
ダンッ、とロッカーを力任せに叩く鳳に少なからず俺と向日は動揺した。忍足はただただ冷めた目で鳳を見ているあたり、心を閉ざしているのかもしれねぇ。
「お、鳳…お前どうしたんだよ?さっきは別にいい、って……」
「何でもないです」
そそくさとラケットバッグを背負い部室を後にする鳳を誰も止めなかった。否、止めるなんて勇者がここにはいなかった。
「お、おい侑士。あいつ変じゃねぇか?」
「そりゃ、なぁ。名前のこと俺らで犯したさかい」
忍足の発言で空気が変わった。一瞬で凍った、と言った方が正しいかもしれねぇ。俺は忍足を見るので精一杯だった。
「………は?名前って宍戸の彼女、だよな?」
「せやで」
「何で…だよ、!」
「そんなもん、言わんでも分かるやろ。なぁ、跡部?」
そこで俺に話を振ったあいつは、笑っていた、何かを企んでいるような目で。これも忍足の計算なのだろうか。この俺が忍足に利用されている?はっ、あり得ねえ。
それとは対照的に向日は俺に縋る様な眼差しを向けて来た。「おい跡部…嘘だよな、」弱々しく呟く声は、絶望を意味しているのだろうか。向日に、本当のことを言った忍足は正気じゃねぇ。だが俺が否定したところで忍足にバラされるだけだ。
「なぁ、跡部、嘘だって言ってくれよ、……なぁ」
「本当だ」
「……」
肯定した俺に忍足は目を見開いた。あいつは俺が認めると思ってなかったんだろうな。向日はただただ愕然としていた。仕方無かったんだよ、と心の中で呟いておいた。向日に何が仕方無かったんだ、と聞かれたら返事に困るからな。
「だって、跡部、名前と仲良かったじゃねーか、」
「まあな」
「名前は宍戸の彼女、なんだぞ?」
今は、な。
「……侑士も跡部も見損なったぜ」
乱暴にラケットバッグを抱える向日の手を突然忍足が掴んだ。
「待ちぃや岳人、」
「くそくそ!離せよ侑士!」
「知ってしもた岳人も同罪やで」
「…は、?」
「今日から岳人も、こっち側や。」
口元を歪めて笑うあいつの目は、表情とは裏腹に笑っていなかった。そんな忍足を怯える様に見る向日は俺に助けを求めた。跡部、と震える声で俺の名前を呼べばそれを掻き消す様に忍足が口を開いた。
「なぁ、跡部?」
「…あぁ」
悪いな、向日。俺はやっぱ、 こ っ ち 側 だわ。