王様の無い物ねだり

宍戸が屋上から出て行った途端、思わず笑いが止まらなかった。まさかこんなに上手く行くなんて、なぁ樺地?

日吉をこうするように唆したのは忍足でも鳳でもない、俺だ。

さりげなく名前の話題を持って行けば、すぐに表情を変えやがった。日吉も案外単純な男なんだな。こんなにタイミング良く日吉が名前に話し掛けるとは思ってもみなかったがな。裏庭を見れば、まだ日吉と名前はいた。授業の始まりを知らせるチャイムが鳴ったが、二人とも動く気配は無かった。次の授業は実験だから、確か化学室だったはずだ。位置を目で確認してからゆっくりと屋上から階段を降りれば、自然と口角が上がるのを感じた。勿論、直接化学室に寄るわけじゃねえ。まずはあいつを迎えに行かないと、なぁ?

近くまで行けば二人のやり取りがはっきり聞こえて来た。

「宍戸さんに言えないなら、俺に言ってください」

いつからお前が名前の相談相手になったんだよ。名前のことを理解するのは、宍戸でも日吉でもなく、俺様でいいんだよ。

「…日吉に迷惑かけちゃったなぁ」
「そんなこと、」

日吉がそこまで言い掛けた瞬間、俺の気配に気付いたのか此方を振り向いた。

「、跡部さん」
「何で日吉がいるんだよ、あーん?」

偶然を装って声をかければ、日吉は露骨に嫌な顔をした。敵意剥き出しの射る様な視線から逃げるように、名前を盗み見すれば日吉と話していた時とは違い無表情だった。

「何か用?」

無に近い声色にゾッとした。こいつがこんなに感情を出さないのは、俺が見る中で初めてかもしれねぇ。動揺を見せないよう淡々と五時間目のことを伝えれば、気まずそうに立ち上がりながらも着いて来てくれた。校舎に入る寸前、日吉の方を振り返ればただ下を向いて微動だにしていなかった。悪いな、日吉。名前だけは譲れねーんだ。

化学室に向かう途中、複雑そうな表情をする名前の手を握れば直ぐに振り払われた。

「勘違いしないで、跡部を許したわけじゃないから。…レポートを書くのがイヤだっただけ。」

ツンツンとした態度の中にも名前の優しさがよく分かった。こいつはこいつなりに接してくれているんだ。

「どうすれば、前のように接してくれているんだ」
「………無理、だよ。だって、私、」

亮の彼女だもん。

真っ直ぐ俺を見る瞳は、迷いや戸惑いなど微塵もなかった。そのまま名前は俺を置いて先に化学室に向かって行った。一人廊下に残された俺は、とてもじゃないが授業を受ける気分では無かったので生徒会室に向かった。
名前の「宍戸の彼女」という肩書きが、何よりも憎らしかった。何故俺様ではなく宍戸なんだ。一度レギュラー落ちした奴に、負けるなんて。

「宍戸の彼女、か」

それでも、俺は名前が欲しいんだ。



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