「禁煙したらどうですか?」
わざわざ喫煙所まで来て煙草を注意する柳生は、案外暇な奴だと思う。放っておいて、と言っても彼は決して聞かなかった。私の口から吐き出る煙を、彼は憎そうに見つめていた。
「嫌いなんでしょ、煙草」
「…好きではありませんね」
「知ってる。」
いい加減辞めたらどうですか、と咎める柳生にいつもと同じく「放っておいて」と突き返した。第一、未成年でもない私たちは法的には吸っても問題ない。ただ少し、吸わない人より早死にするだけだ。
「貴方に死なれては困るんですよ」
「じゃあさ、柳生も早死にしちゃいなよ」
箱から新品の煙草を一本取り出し、彼に差し出せば首を横に振って断られた。
「貴方の副流煙で、充分です」
ああそう、とだけ呟いて先ほどまで口に咥えていた煙草を近くにあった灰皿に押し付けた。彼は私が煙草を口から離しただけで嬉しそうに微笑む。そんな彼に意地悪したくて、断られ使い道の無かった煙草を再び口に咥えた。
「…また煙草ですか」
あからさまに落胆する柳生を見ながら、ゆっくりと火を点けた。新鮮な空気と一緒に、有毒なモノをたくさん吸い込んでいるのかと思えば、少しだけ苦しかった。いま私の肺には、ニコチンとか色々体に悪いものが満ちているのだ。
「美味しくない、」
煙草なんて、美味しくない。無意識のうちに呟いた言葉に彼はパアッと目を輝かせた。何となくそれが癪で、悔しいから意地でも最後まで吸い切ろうと思った。しかし不味いと実感した今、吸うという行為自体私には苦痛だった。不味いなら捨てたらどうですか、と嬉しそうに提案する柳生に「イヤだ」と頑なに拒絶した。
「吸わないのなら、捨てたらいいじゃないですか」
「…じゃあ、根性焼きしてこの煙草を消してよ」
淡々と言い放つ私に彼は少なからず動揺していた。当たり前か、彼女に根性焼きして、なんて頼まれたらそりゃあ困るよね。冗談だよ、と笑って灰皿に手を伸ばした時、横から持っていた煙草を取られた。
「いいですよ、それで__さんが満足するなら」
じゅう、と服の上から左腕に煙草を押し付ける柳生は、ちっとも苦痛そうじゃなかった。むしろ笑って煙草を押し付けていた。
「え、?」
「服の上からでも、案外熱いものですね」
袖を捲り上げた彼の左腕には、くっきりと痛々しい焦げ跡が残っていた。
「ねえ、ちょっと、」
「こうでもしないと、__さんは禁煙しないじゃないですか」
「柳生ってば、」
「これは、貴方が永遠に背負う罪悪感ですよ」
にっこり微笑む柳生が、いつもと何も変わらないはずなのに。彼の左腕は酷く、醜く見えた。