ホストにお金を注ぎ込む女は馬鹿だ。
数ヶ月の前の私は、そう豪語していた。まさか数ヶ月後に、その馬鹿な女になっているとは思いもせずに。

「蓮さん、いますか?」

今日も来てしまった、ネオン街の輝く通りの一角にある、このホストクラブに。此処に立ち寄ったきっかけは些細なことだ。友人がクーポン券を持っていて、その付き添いで来ただけだった。たまたま来て、たまたま私たちのテーブルに座ったあるホストに、私は本気で惚れてしまった。あの日から通いつめ、今ではすっかり常連客になった。いくら費やしたか、なんて覚えていない。私も結局は、馬鹿な女の一人だったのだ。

「蓮?今日は休みじゃけど」

目立った銀髪のマサが、私を見て直ぐに答えてくれた。休みなら帰るね、と立ち上がろうとした時、サッとマサが私の隣に座った。

「まあまぁ、俺が相手してやるぜよ」

さっきまでマサが座っていたテーブルには、ばっちりフォローとしてブンちゃんが女の子を口説いていた。帰るに帰れなくなった私は、仕方なくチューハイを頼み、少しだけ残ることにしたのだ。

「参謀目当てなんて、珍しいのぉ」
「…参謀?」
「蓮のことじゃよ」

クックッとマサは笑うが、蓮さんが参謀と呼ばれているなんて知らなかった。思えば私は、蓮さんのことを何も知らない。唯一知っているのは、6月4日が誕生日ということだけだ。

「マサと蓮さんは、昔から知り合いなの?」
「…中学時代から知ってるナリ」

一緒の部活じゃったぜよ、と懐かしむようなマサの目は、いつもとは違いどこか哀愁を漂わせていた。蓮さんの過去を知りたい反面、マサからは聞きたくないような気もした。葛藤を紛らわせるように、チューハイのおかわりを頼んだ時、マサが飲み過ぎじゃ、と私を止めた。

「お前さん、酒には弱いじゃろ」
「…、知ってたの?」
「飲めんくせに通うなんて、珍しいからのぉ」

間接的にホストクラブに通うな、と言われているようで酷く自分が惨めに思えた。此処まで男にのめり込むのは、生まれて初めてだった。私は本気で蓮さんが好きだ。彼がホストじゃなかったら、私はどれだけ幸せだっただろう。一人の女性を愛さないホストなんて、嫌いだ。この思いをマサにぶつけた。酔った勢い、といったやつだろうか。

「飲み過ぎ、ぜよ」

苦笑いするマサが歪んで見えた。明日が日曜だからってハメを外しすぎたかもしれない。ボーッとする頭を抱えて立ち上がろうとすれば、マサの方に傾きかけた。

「送ってやるき、待ちんしゃい」

ふらふらの足取りの私を、止まっている車まで案内してくれたマサは、去り際に苦しそうに私の頭を撫でた。

「参謀なんかやめて、俺にしたらええのに」
「え、」

一瞬彼が泣きそうに見えたが、直ぐにいつもの表情で「また来週、待ってるぜよ」と言ってドアを閉めた。マサもホストだ、頭では分かってはいるが心は言う事を聞いてくれなかった。彼はあんな表情もするのか、内心マサが気の毒に思えた。酔いを醒まそうと、運転手さんに「此処で大丈夫です」と告げれば、ゆっくり車が止まった。

「あの、お金…」
「家まで送る、道を教えてくれないか」

ゆっくりと振り向いた運転手は、紛れもなく蓮さんだった。途端に顔が熱くなり、飲み過ぎたせいか吐き気が込み上げた。車から飛び出し、思わず口に手を当てた時誰かが背中を擦ってくれた。

「飲み過ぎだ、少しは自重しろ」
「……はい、」

おもいっきり吐いたら少しだけスッキリした。蓮さんをよく見れば、先ほど吐いた時に飛び散った残骸が、彼のスーツの足元に付着していた。慌てて謝り、弁償すると言ったが、彼はまるで気にしていないかのように笑った。

「気にするな、どうせ安物だ」
「安物って、いくらくらいの…?」

十万ほどだが、と平然と言う蓮さんに眩暈がした。全然安くない、私の知ってるスーツの値段の五倍はしてる。やっぱり弁償します、と言っても蓮さんは「気遣わなくていい」の一点張りだった。

「でも、」
「…それなら、今日は泊まって行かないか?」
「それは…そういう意味で、誘ってるんですか?」

そうだと言えば、お前はどうする?と尋ねる蓮さんに、私の顔はカッと熱くなった。火照る顔を隠すように下を向けば「これからは店に来るな」と蓮さんに言われた。

「え、でも…。会えなくなるのは…イヤ、です」
「早とちりをするな、そういう訳ではない」

フッ、と艶やかに微笑む彼にますます私の体温は上昇した。さっきから煩く鳴る心臓は、もしかしたら蓮さんにも聞こえているかもしれない。恥ずかしい、何に対して恥ずかしいのかは分からないけれど、兎に角彼と一緒にいるだけで全身の血が逆流しそうな勢いだった。

「俺は蓮ではなく、本名は柳蓮二だ。」

どういう意味か、分かるな?と口角を上げて微笑む彼に、私はコクコクと頷くだけで精一杯だった。後部座席ではなく助手席に導かれ、隣を見れば彼が優しく微笑んでくれた。私の顔が赤いのは、きっとアルコールのせいだけではないだろう。



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