「鬼ごっこ、せん?」

放課後、真っ先に仁王に話し掛けられたかと思えばそんな下らない内容だった。一体何なんだこいつは、私はいち早く帰りたいというのに。

「ドラマの再放送見たいし、パス」
「ドラマなんて録画すればいいだろい。鬼ごっこやろーぜい。」

いつの間にか隣にいた丸井に驚きつつ、「無理」と告げれば一瞬で丸井の表情が変わった。

「は?お前に拒否権はねーんだよい」

がっちりと彼らにホールドされ、そのまま無理矢理引っ張られるように教室を出た。離して、と言っても彼らが聞いてくれるわけもなく、辿り着いた場所は下駄箱の前だった。

「んじゃあ、俺と仁王が鬼だから」
「っはぁ!?負けるに決まってるじゃん!」
「今から五時まで逃げ切ったらお前の勝ち、俺らがお前を捕まえたらお前の負け。学校から出てもお前の負け。」
「待って、五時ってあと一時間もある…」
「簡単じゃろ?じゃあ今から五分猶予をやるぜよ、好きなとこに逃げんしゃい」

私の言い分はまるで聞こえていないかのように、二人は数を数え始めた。こうなったら仕方ない、校舎に向かって走りだした私は真っ先に一階の女子トイレの奥にある、一番広い個室に隠れた。流石に此処なら、彼らも来ないだろう。携帯で時間を確認すれば、丁度四時十分だった。彼らがスタートしてからまだ五分しか経っていない、それにタイムリミットまで、あと五十分もある。ずっとここに隠れているわけにはいかないが、迂闊に外にも出れない。悶々と葛藤していた時、女子トイレの扉が開く音がした。息を潜めて身を屈めていれば、キュッキュッ、と上履きを引き摺る音が聞こえて来た。もしかしたら、普通にトイレしに誰か来ただけかも。そう安堵した時、靴音は私の入っている個室の前でぴたりと止まった。

「案外単純だな、お前」

間違いない、この声は丸井だ。ひっきりなしに扉を叩く彼に恐怖すら感じた。このまま居ても状況は悪化するだけだ、覚悟を決めて個室の窓を開けた。ここは一階だから、窓から飛び降りても精々二メートルもないだろう。丸井に気付かれないようにそっと窓から飛び降りた。

「…った、」

着地に気を付けたつもりだったが、足を捻ったらしく、走るとズキズキと痛んだ。だが此処にずっといるのも危険なので、急いで教室まで走った。しかし可笑しい、鬼ごっこが始まってから誰一人生徒と擦れ違わない。嫌な予感がしたが、今の私に立ち止まるという術はなかった。二階の理科室の前まで来た時、曲がり角から話し声が聞こえて来た。慌てて理科室に隠れた時、それが誰なのか分かってしまった。

「__先輩を見掛けたら丸井先輩に言えばいいんスね?」
「おう、…あっ仁王には絶対言うなよい!」

分かってるっス!と言う声を最後に、足音は遠ざかって行った。このままだと余計状況が不利だ、二対一でもキツいのに三対一なんてもっとヤバい。ない頭で精一杯、これから何処に匿うか考えた。一番安全なのは一階の職員室、か。

「…、可笑しい」

此処から一階の職員室まで歩いたら五分はかかる。さっきまで隠れていた女子トイレは、職員室より更に遠い。携帯で時間を確認すればもうすぐ二十分を指すところだった。そうだ、さっきまで丸井は一階の女子トイレにいたはずなのに。何故今、赤也と二階の理科室の前を歩いていたのだ?いくらなんでも早過ぎないか?まさか、

さ っ き の 丸 井 は 偽 物 ?

私はトイレでは丸井の姿を見ず、声しか聞いていない。しかし丸井が二人いるわけがない、じゃあトイレで会った丸井は?さっき赤也といた丸井は?どちらが本物か、なんて私には分からなかった。彼らが怖い。どこが怖いとか、何が怖いかは分からない。でもきっと、彼らに捕まったら駄目だ、私の第六感が危機を告げている。痛む足を庇うように立ち上がり、私は覚悟を決めた。急いで安全な場所まで行こうと理科室を飛び出た瞬間、誰かとぶつかった。

「そんなに急いで、どうしたのですか?」
「や、ぎゅ」

ぶつかった衝撃で柳生の持っていたファイルが床に落ちてしまったので、私も拾うのを手伝った。どうかしましたか、と再度柳生が聞くので「何でもないよ」とファイルを渡しながら答えた。

「そう言えば、仁王くんが探していましたよ」
「っ、え」

ごめん私行くね、と走りだそうと一歩踏み出したが、それは叶わなかった。背後に立つ彼にがっちりと腕を掴まれてしまったのだ。私はその場から張り付いたように動けなくなった。

「本来紳士が女性を騙すのは良くないのですが、仕方ないですよね」

そう言えば、仁王は変装が得意だと聞いたことがある。頭がガンガンと警報を鳴らしていた、どっと冷や汗が、身体中から噴き出した。にこりと微笑む目の前の男は、私の知っている柳生ではなかった。

「ゲームオーバー、ぜよ」

卑しく笑う仁王を最後に、私の意識はそこで途絶えた。





久しぶりのヤンデレ、リハビリ。
仁王は手段を選ばず追いそう。逆に丸井はみんなに情報貰って追い詰める感じ。仁王に追われたい!というリク頂いてたので今回は仁王落ちです。



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -