「俺には三つの目があるんです」

ある日突然、若がそんなことを言ってきた。

   
     
       
         


呆れて何も言い返えさなければ、「つまり俺の目は三つあるんです」と少し言葉を変えて言って来た。

「そんな言葉、信じると思う?」
「はい、先輩は俺の恋人ですから」

いくら恋人でも、急に目が三つあるとか言われて、誰が信じるだろうか。「そう、」と適当に流そうとすれば、先輩はUFOを信じますか?と彼は質問を変えて来た。

「信じてないけど、宇宙人がいたら面白そうよね」

その答えに、彼は満足そうに頷いてから「そのくらいの確立で、三つ目がある人間もいるんです」と言った。ますます彼の言いたい事が私には分からなかった。

翌日、寝坊をして慌てて家から出ようとすれば、若から着信があった。急いでる時に限って、内心そんなことを思いながら電話に出れば「先輩、お弁当忘れないで下さいね」と若は言った。ハッとリビングのテーブルの上を見れば、私のお弁当は置きっぱなしで、危うく忘れるところだった。何で、若が知ってるの?偶々にしては、タイミングが良すぎる。僅かな疑問が、私の中で不信に変わっていった。まさか、盗撮されている?いや、でも若を家の中に入れたことはない。直ぐにその考えは打ち消したが、それでも何か引っ掛かった。学校に着いて若に今朝のやり取りのことを聞きに行けば、「三つ目の目のお陰です」と彼は笑って言った。

「冗談でしょ?」

本当ですよ、と呟く若の顔はさっきとは違い、真顔だった。人間の目は、二つだけだ。しかし彼は、自分には三つあると言い張る。そんな馬鹿な、試しに若の前髪を上げ額を見たが、やはり目などあるわけが無かった。

「無いじゃん、」

額に目なんて、先輩は漫画の読みすぎですよ。と彼は笑った。「じゃあ何処にあるの?」問い掛けても若は、教えてはくれなかった。
若が変なことを言い出してから、一週間が経った。珍しくその日は大雨で、「今日は部活がないみたいです」と若が言うので、一緒に帰ることにした。が、彼は何故か傘を持っていなかった。今朝の天気予報で降水確率は八十%だったのに、と言えば彼は平然と「わざと忘れました」と答えた。

「わざと?」
「はい」

たまに彼の考えることはよく分からない。そう言えば若と付き合い出したあの日も雨だった。懐かしいですね、と呟く彼の目を見れば、先輩と付き合い始めたあの日です、と彼は言った。

「若が泣いた日だ」
「…相変わらず先輩はイヤな人ですね」
「嘘だって、私もさっき同じこと思ってたよ」
「知ってます。」

遠い目をする若の横顔は、まるで死期を悟った病人のようだった。あの日と同じように、彼と相合傘をして帰っていると、不意に彼が立ち止まった。

「先輩、」

なに?横を見れば若は泣いていた。雨なのか、涙なのか分からないくらい、彼は泣いていた。

「好きです」
「うん、知ってる。私も好きだよ、若のこと」

何で泣いているの、とは聞かなかった。若はよく分からない人間だから、泣いている理由を聞いても無駄なのだ。そのまま引き付けられるように彼にキスをした。若の手から傘が落ち、私と彼はびしょ濡れになった。

「傘の意味、無くなっちゃいましたね」

可笑しそうに笑う彼の手をそっと握れば、驚くほど冷たかった。何故か急に不安になって、若の名前を呼んだが、彼はただ微笑むだけだった。

「先輩、さよならです」

若が言うと同時に、此方に突っ込んでくるトラックが視界の隅に映った。危ない、咄嗟に若の手を引こうとすれば、それよりも早く彼に突き放された。そのままトラックは、つんざくようなクラクションと、けたたましいブレーキ音を鳴らしながら、吸い込まれるよう若に突っ込んで行った。
ザーザーと降り続く雨の中、私はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。さっきまで彼が持っていた傘は、見るも無惨に折れ曲がり、遥か彼方まで飛ばされていた。その時ふと、何故トラックに背を向けていた若がトラックの存在を知っていたのだろう。という疑問が湧いてきた。彼が亡くなった今、それを知る術はもう無いのだけれども。



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