▽10/19柳生ハピバ!
私は、柳生比呂士と言う人物が嫌いだ。
最初にその感情を持ち合わせたのは、彼と初めて出会った時だった。たまたま彼が、私の隣の席だった。自己紹介をした時に「__さんですか、…素敵な名前ですね」と彼は言った。私は自分の名前が嫌いで、それは一種の自己嫌悪に近い感情だった。
「柳生くんは、そうやって好感度を上げるんだね」
嫌味のつもりで言ったのだが、彼は笑って「まさか、好感度を上げるつもりなんて微塵もありませんよ。私の素直な感想です」とあの紳士的な笑みで返して来た。
それからも彼は、私の何かを褒めちぎった。ある時は髪型を、またある時は顔を。気紛れでシャンプーを変えてみれば、彼だけはすぐに気付いて「良い匂いですね」と、あの笑みで言うのだ。
「私、柳生くんのこと嫌いだから」
それでも、彼の紳士な言葉が私には残酷に感じられた。紳士な彼とひねくれた私の攻防戦は、いつまで経っても平行線だった。それはどちらかが折れなければ終わらない、永遠にも近い戦いだった。
「私は貴方を苦しめているのでしょうか」
ある時彼は珍しく弱気だった。その理由は明らかで、彼が褒めれば褒める程、私は自分を貶したからだ。自虐に近いその行為は、私自身だけでなく、彼をも傷付けた。
「いい加減やめたらどうなんじゃ、意地張ってても仕方ないじゃろ」
第三者の仁王は、私を素直になれない馬鹿だ、と言ったがそれは違う。ただ私は曲がっているだけなのだ。自虐すれば、その分彼に構ってもらえる。そんな幼稚な知恵を、知らない間に私は身に付けたのだ。
「案外質の悪い人だ」
いつの間にか隣にいた仁王は、仁王ではなく彼だった。仁王だと思って話していた相手は、最初から仁王ではなかったのだ。
「紳士な柳生くんからしたら、心外でしょ」
そっと目を伏せて返事を待てば、彼は「それを含めて、私は愛してますから」と私に微笑んだ。