※侑士が会社員設定



「おめでとうございます」

最近体調が優れなかった。それに加え、三ヶ月も生理が来ないとなれば考えられるのは(妊娠)という二文字だった。今日、覚悟を決めて産婦人科に行ってみれば、案の定妊娠していた。侑士は結婚してから避妊をしなくなったので、こうなることは予想はしていたが、いざ現実になれば実感がないのが正直な感想だった。ニコニコと爽やかに見送ってくれた女医さんに、曖昧に微笑んだ後、病院を出れば侑士から着信履歴が残っていた。

「もしもし、」
(どうやった?)
「…妊娠、してたよ」
(なんや、あんま嬉しそうちゃうやないか)
「そんなことない、けど…」
(あ、悪い。また帰ってから話そ)

慌ただしく電話を切った辺り、急な仕事を押し付けられたのかもしれない。ぼんやりと切られた携帯を数秒見つめてから、そっとカバンに閉まった。嬉しくないわけがない、でも未だ母になる実感が湧かないのだ。
いつも侑士は帰りが遅いので、基本的に晩ご飯は一人分で充分だった。今日は作るのもめんどくさかったので、適当にコンビニ弁当を買ってから、帰ることにした。「ありがとうございましたー」とバイトのやる気のない声に押し出されるように外に出れば、すっかり外は暗くなっていた。

「あーあ。ダメな母親、」

右手に掲げている袋の中には、アルコールとコンビニ弁当が入っている。雑踏の中ぼそりと呟いた時、懐かしい人物と遭遇した。

「あーん?__じゃねーか。何してんだよ、こんなとこで」
「晩ご飯、買いに」

コンビニで、か?と珍しそうに聞く跡部に、私はただ苦笑いするしかなかった。体に悪いぞ、と忠告する跡部の言葉がこの時だけは、すんなり理解することができた。

「送ってやるよ」

ご厚意で家まで送ってもらう最中、妊娠したと告げれば「良かったじゃねーか」と私より跡部の方が嬉しそうだった。

「お前も、これからはちゃんと体に気ぃ遣え」
「うん、そうだね」

この晩ご飯じゃ全然説得力無いけどね、と言えば不意に横から掲げていた袋を取り上げられた。「俺様が作ってやる。」にやり、と笑う跡部に従うのは癪だったが、コンビニ弁当よりは栄養も有りそうなので素直にお願いすることにした。
意外と手際良く、二人分の晩ご飯を作り終わった跡部は「仕事がある」と言って帰る用意をし始めた。てっきり跡部も食べるから、二人分あるのかと思えば「お前の旦那の分だ」と、はにかみながら彼は去って行った。
最後に侑士と一緒に晩ご飯を食べたのは何時だっけ、そんなことを考えながら、結局一人で侑士の帰りを待つことになった。跡部が作ってくれたご飯には手を付けず、暫らく待っていれば慌ただしい足音と共に勢い良くガチャリ、と扉が開いた。

「すまん、遅なった」

遅くなったと言いながらも、帰って来た時間は何時もよりだいぶ早かった。定時で上がったのだろうか、「ご飯は?」と尋ねれば、何も食べてないわ、と眉をひそめて彼は笑った。

「これ、跡部が」
「……跡部?」

何で跡部の手作りなん、と不満気な侑士だったが、事情を話せば「コンビニ弁当とかアホやろ…」と跡部が来たことより、そっちで咎められた。

「お前なぁ、もうちょい体労らなあかんで。」
「うん、」
「お腹の子に影響あったらあかんやろ?」
「…ごめん」

重い空気を感じ取ったのか、「ほな食べよか」と侑士が晩ご飯に手を付け出したので私も食べることにした。良く見れば、跡部が作ってくれたご飯は、健康にいい料理ばかりだった。きっと彼もお腹の子を気遣って、なのだろう。

「__は、嬉しないん?」

なにが、なんて聞かなくても直ぐに分かった。「嬉しいよ」と短く答えれば「全然嬉しそうちゃうやん」と呆れたように彼は呟いた。

「違うの、実感が…ないだけ」

私が母になれるか、とか赤ちゃんの世話が本当に出来るのか、とか。…侑士が、これからも私を好きでいてくれるか、とか。
段々と小さくなる私の体を、優しく包み込んでいた彼は、頭を撫でながら「アホか」と呟いた。

「…家族が、増えるだけやろ。」

俺は何も変わらんわ、と笑う彼は、もう立派な父の顔だった。その笑みに釣られて頷く私も、母親になる、第一歩を歩み始めていた。



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