「…え、?」

目が覚めたら、知らないワンルームマンションの一室だった。知らない場所にいる自分も不気味に思ったが、それよりも此処に来るまでのことが何も思い出せない方が恐かった。自分の名前や常識的なことは分かる、ただ何か大きな記憶が欠落しているような気がして仕方ないのだ。

「目が覚めたか?」

扉の前に立っていたのは、紛れもない跡部だった。

「此処…跡部の、部屋?」

家、と聞こうか迷ったが跡部はこんな狭い(と言っても私たち一般人からしたら充分広い)マンションに住んでるわけがないと思ったからだ。それに、私の記憶が正しければ跡部は豪邸に住んでいたはずだし。あえて部屋と聞いたのに、彼は笑いながら否定した。

「俺様と__の家だろーが、あーん?」

私と、跡部の?跡部とそんな仲だっけ?必死に思い出そうとしても、何かが邪魔をして全く思い出せない。仕方なく当たり障りの無いよう「私たち、ルームシェアしてたの?」と尋ねれば跡部はあからさまに顔をしかめた。

「何言ってんだ?夫婦だろーが。いきなり跡部、なんて呼ぶから可笑しいと思ったけどよ。…昨日式挙げたのも覚えてねーのかよ」

式?式って、結婚式?「嘘…、」よく見れば私の左手薬指にはキラキラと光る指輪があった。ベッドの脇にあったのは、新婚旅行で撮ったと思われるツーショット写真。隣に並んで腕を組んでいるのは、紛れもない跡部だった。それなのに、記憶がない。私は何も思い出せないのだ。

「忙しかったから疲れてるだけだろ。ゆっくり休めよ」

彼は私を咎めることなく、私を寝室に戻した。

次の日からこの家で二人で生活し始めた。それから、呼び方も跡部から景吾に変えた。ただ、時間が経っても記憶はあやふやなままだった。それに一緒に暮らして不可解な点がいくつかあった。ある部屋だけ扉が開かないこと、向日や日吉達と連絡が取れないこと。
最大の謎は、この家から外出してはいけないこと。前に買い物に行こうとすれば、景吾に凄い剣幕で怒られた。それ以降、必要なものは全て景吾が買ってくれるようになった。
本当に何不自由ない生活で幸せだと思ったが、どうして私は記憶がないのだろう。それに景吾に対して一度も「愛してる」という感情を抱いたことが無い。それでも彼は、毎日私に愛してると告げた。その愛が少しだけ重いと感じたのは、同棲し始めて一ヶ月が経つ頃だった。

たまたま、寝室を掃除しようとベッドの下を覗き込めば、眼鏡が落ちているのが見えた。拾ってみると、度が入っていないだて眼鏡だった。景吾って、だて眼鏡なんて掛けてたっけ?何気なく眼鏡をよく見ると"Oshitari"と縁に刻まれていた。
おしたり、忍足?その単語を聞いた途端、全てを思い出した。そうだ、あの日、…私と侑士の結婚式前日に跡部が来て……。

「っ、侑士?」

感じていた違和感は、これだったのだ。急いで部屋から出ようと扉に手をかけた瞬間、反対側に扉が開いた。

「どこ行くんだよ、」
「私は跡部と結婚なんかしてない!、侑士はどこ?」

距離を取りながら問えば、彼は笑いながら近付いて来た。段々と縮まる距離に、本能で危険だと察しながらも、気付けば背後には壁しかなかった。

「なんだよ、記憶戻っちまったのかよ。折角俺様が計画したのに台無しじゃねーか。…なぁ、もう少し楽しませてくれよ?」

妖しく笑う彼は、そっと私に口付けた。



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