屋上に向かう足取りはやけに軽かった。
此処から解放されるのかと思えば、今なら何もかも許せる様な気がした。
別に虐められてたとか、そういうのではない。
普通に友達もいたし、付き合って1年になる彼氏もいる。
強いて言えば疲れたのだ、人生に。
受験や人間関係、生きることがしんどくなった。
屋上の扉を開けば空は快晴だった。
ゆっくりとフェンスを越えて、さぁ飛び降りようとしたら誰かが走って来るのが見えた。

「っ、自分!何してるん!」

息を切らして走って来たのは忍足だった。
そう、彼こそ私の彼氏である忍足侑士。

「忍足、今授業中。」

冷静に会話が出来る自分自身に酷く驚いた。
忍足も驚いた様な顔をしたが「早くこっちにきぃや、」と手をギュッと引かれた。
忍足を見れば、少し怒った様な顔をしていた。
言われるがまま、またフェンスを乗り越えれば、忍足に無言で抱き付かれた。

「死なんといてや」
「うん、ごめん」

たったそれだけの会話だったが、忍足の気持ちが痛い程分かった。
でもやっぱり生きるということは私には苦痛だった。

「忍足、生きたいっていう希望を失ったら、死にたいっていう感情しかないんだよ」
「なに言うてんねん。ほな俺を生きたいっていう希望にしたらええ。」

もう一度優しく抱き締められた後、こっそり忍足を見上げれば彼は泣いていた。
私が知っている中で、初めて彼が人前で泣いた瞬間であった。
試合で負けた時でさえ、彼はこっそりと一人で泣いていた。
こんなに彼に愛されていたなんて、今まで気が付かなかった自分が恨めしい。
もし今此処から飛び降りたいか、と聞かれたら答えは否だ。
目の前に生きる希望が出来たのだから。

「ねぇ、何で屋上にいるって分かったの?」
「ここは氷帝やで?屋上にも監視カメラくらいあるわ。」

跡部から連絡来てん。お前が死のうとしてるって、といたずらっ子の様に笑う彼をとても愛しく感じた。
死ぬということは、案外単純ではないのかもしれない。



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