※変な話で意味不明



どうしても思い出せない記憶がある。最近のはずなのに、それは酷く昔にも思える。要するに、全く分からないのだ。記憶喪失なのかと思い病院に行ったが、医師に異常はないと言われた。何度も検査をしたが、やはり俺の脳は正常らしい。けれど何かを忘れた気がしてならない。この気持ち悪さを寿一に言っても、よく分からないような顔をされた。


「まるで胸に穴が空いたようだ」
「はァ?ナァニ言ってんのォ?」


靖友に相談しようかと思ったが、辞めた。靖友に分かるなら、きっと寿一にも分かっていただろうからな。「いいや、なんでもない」ヘラリと笑ってパワーバーをくわえれば、靖友は俺から視線を外した。


「そーいえば、元気にしてるゥ?」
「ウサ吉か?ああ、元気だぜ」
「じゃなくてェ、なまえチャンだヨ。」


なまえ?そんな知り合い、いたか?分からないという顔をすると靖友は目を見開いていた。俺の肩を揺さぶって「ジョーダンきついヨ」と言う。冗談?それは靖友の方だろう。俺たちにそんな知り合いはいないぜ?
「誰なんだ、なまえって」名前を口に出せば自然と涙が出てきて止まらなかった。あれ、俺なんで泣いてんだ?なんでこんなに悲しいんだ?ポロポロと頬を伝う滴が地面に落ちたとき、世界は暗転に包まれた。





変な夢を見た。登場人物は、俺と靖友。靖友と何かを話していたが内容は覚えていない。けれど酷く悲しい夢だった。瞼の裏に焼き付いているのは、靖友の顔などではない。名前も知らない女の顔だ。誰だ、誰なんだ。もやもやとした気持ちのまま俺は自転車に股がった。


「今日はやけに早いネ」


部室には靖友しかいなかった。靖友なら、何か知っている気がする。聞くなら、今しかないと思った。


「なぁ、なまえって知ってるか?」
「だあれ、それェ。アイドルとかァ?」


全く知らない素振りの靖友に安堵する反面、じゃあなまえは誰なんだという疑問が浮かび上がったが、「いいや、なんでもない。気にしないでくれ」と笑った。………あれ、これって夢と同じじゃないか?


「そーいえば、元気にしてるゥ?」


今朝見た夢と、全く同じことを靖友に聞かれた。そうだ、夢の俺はここで


「おいおい靖友、冗談キツいぜ」


気付けば俺は泣いていた。そっと目を閉じる。ああ、なまえの声も体温も、ちゃんと覚えてるさ。思い出すのは、どうしようもないくらい愛おしい彼女の顔で。そうか、俺が失った記憶はこれだったのか。
目を開けば、そこには靖友ではなく彼女が笑って立っていた。


「おめさんは、」


指を口元に宛てる彼女は、それ以上何も言うなと示唆しているようだった。「もう永遠に会えないね」ポツリと呟いた途端、なまえは跡形もなく消えた。まるで最初から彼女は存在していなかったかのように。


「ちょ、なんで泣いてンのォ?」


焦った靖友は俺にタオルを渡してきた。サンキュー、と受け取り目を擦る。「やっと思い出したんだ」俺の言葉に靖友は顔を歪めた。おそらく俺の頭が可笑しいと思っているのだろう。それでも構わない。彼女が消えて、胸に穴が開いたようなのに、その虚無感がどうしようもなく愛しいんだ。


140920
BGM@ドーナツホール/GUMI
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -