自転車部のみんなと卒業旅行でフランスに来た。海外は嫌だと言っていた荒北も、なんやかんや楽しんでいた。エッフェル塔を見たり、凱旋門を見たり。どれもこれも決めポーズで写っている東堂が、とてもフランスに似合っていると思った。新開のバキュンと東堂の指差すやつは似ているようで、全然違う。それを荒北に言えば「どーでもいいヨ」とあしらわれた。これだから荒北はモテないのだ。そして遂に明日がフランスにいる最終日である。福富の提案で自由行動になった。新開は、現地で知り合った金髪美女に市内を案内してもらうらしい。荒北は、福富ともう一度ルーヴル美術館に行くのだと言っていた。余っている私は、ダメ元で東堂を誘ったのに、返ってきた答えは「構わんよ」と肯定のものだった。
「え、いいの?」
「ああ」
「ほんとに?」
たぶんしつこいくらいいいのかって聞いたから、最後は東堂も呆れていた。だって、どうせ断られると思ってた。それに一緒に回るなんて、まるで恋人みたいだし。
東堂の提案で、セーヌ川を歩くことにした。これといって行きたいところもなかった私は、すんなり受け入れた。というか、東堂と回れるならどこだっていい。
じゃあ夜にホテル集合で、と私達は別れて歩きだす。荒北の横には福富、新開の隣には綺麗なパリジェンヌ。わたしの隣には、東堂がいる。「行こうか」東堂は、わたしの手を掴み歩き出した。
「新開の隣にいた外人、綺麗だったね」
「巻ちゃんに似ていたぞ!」
いや、似てないよ。と冷静に返す。どこをどう見れば、あの細目男とぱっちり二重の美女が結び付くのだろうか。まあ髪型は似てたかもしれないけど、髪型だけ。
そんなくだらないやり取りをしながらセーヌ川に沿ってわたしと東堂は歩く。それはもう、ゆっくりと。永遠にこの時間が続けばいいのに、なんて考えたりもする。
「知っているか?セーヌ川に鍵をかけるところがあるのだ」
「あ、うん。でもそれって恋人のやつじゃん」
「…嫌じゃないなら行かないか」
思い出作りだ、と彼は笑った。ねえ東堂、それはどういうことなの。
そこも一つの観光名所なので、アベックがたくさんいた。皆幸せそうだ。端から見れば、私達もそう見えてるのかな。
鍵なんて持ってきていないので、売っていた鍵を買う。名前を書くのか聞こうとしたら、黙って東堂がマジックを取り出した。
「名前を書いてもいいか?」
いいよ、と小さな声で返した。汚ない字で東堂が「尽八 なまえ」と書く。それ以外はなにも書かない。とてもシンプルな鍵が出来た。空いている場所を探して取り付ける。そのまま川に向かって鍵を投げ入れる東堂を、ただ黙って見ていた。
「なまえちゃんは、俺のことが好きだろう」
それは突然だった。東堂は笑っていた。なんで知ってるの、としか言えなかった。それはもう東堂が好きだと言っているようなもので。
「はは!なまえちゃんのことなら何でも分かるさ!」
「え、」
東堂が言い出すということは、脈ありということだと思う。というか正直今日のことで、これはもうイケると確信していた。「あのさ」と口を開こうとしたとき、東堂は言った。
「しかし俺は、卒業したら許嫁と結婚する。」
「………は、?」
卒業したら、許嫁と、結婚?
ゆっくりゆっくり、東堂の言葉を噛み砕いて理解しようとしたけれど、全然分からなかった。と言うよりも分かりたくなかった。だって、だって、結婚って。そんなの、私は諦めるしかないじゃん。日本に帰りたくない。このまま、東堂とフランスで暮らそうか。と非現実的な考察をしながらも、私は涙を堪えるのに必死だった。
「すまない。けれど俺も好きだった」
じゃあなんで鍵なんかつけたの、じゃあなんで告白したの。なんで卒業したら結婚するの?私の頭に「なんで」がいっぱい募って、それはやがて消えていった。
東堂にとって私なんか、そのうち過去に好きだった人の一人なるかもしれない。でもね、私はこの鍵が取れない限り東堂のことが忘れられないよ。
20140915
フランスいるのでフランスネタを。