悲しいくらい容姿には恵まれなかった。お世辞で可愛いなんて言われたのは、きっと赤ん坊のときだけだろう。成長するにつれ、自分がどれほど醜い容姿なのかを理解した。そして、それにふさわしいよう謙虚さも身に付けたつもりだ。
「おめさん、あんま笑わないよな。もっと笑った方がいいと思うぜ?」
ただのクラスメイトにすぎない私に声をかけてきたのは、箱根学園イケメンランキング常に上位の新開くんだった。ああ、どうも。と愛想もくそもない返事に対して、新開くんは綺麗に笑った。
「もしかして男が苦手だったか?」
「いや、別に。まあ、はい。」
コミュ障炸裂の返事に対しても綺麗に笑う新開くんが羨ましかった。何よりその綺麗な顔立ちが憧れでもあり、また妬みの対象でもあった。神様は不公平だ。わたしはこんなにも容姿が劣っているのに、新開くんは容姿が整ってる上に女の私よりも愛嬌がある。みんなから愛される要素なんて、有り余っているくらいだろう。せめて私が可愛ければな、と溜め息を吐いたとき初めて彼はその綺麗な顔を歪めた。
「ごめんな、俺みたいなやつに話し掛けられるのウザいか?」
俺みたいな?何故新開くんみたいな人が、自分を下にするのだろう。むしろ私みたいなやつに話し掛けて、不愉快ではないか気になるのに。こんなに中身のない会話をしていて、彼は楽しいのだろうか。
「全然、ウザくないよ。新開くんは平気なの?」
何がだ?とキョトンと私を見る新開くんの綺麗な瞳に映る醜い自分の姿に、思わず目を逸らした。「ごめん、何でもない。」フォローしたつもりだけど、たぶん彼は傷付いている。
良ければさ、LINEを教えてくれないか。
新開くんからのお願いを私が断れる訳もなく、ノロノロ携帯を取り出しIDを交換した。サンキュー、とウインクをして立ち去る彼の周りには、早速可愛い女の子たちが群がっていた。
その日から新開くんとLINEでやり取りするようになった。それはもう、暇さえあればといった感じで。ウサ吉が餌を食べてる写真とか、部活の練習疲れたとか、他愛ない内容を。既読無視をしても、何事もないようにまた彼から送られてくる。そんなやり取りが1ヶ月ほど続いた頃、新開くんに週末一緒に映画を見に行かないか?と誘われた。それは今話題の恋愛映画で、容姿に恵まれていないヒロインがアイドルに恋し、最後は結ばれハッピーエンドで終わるという内容だ。原作で容姿に恵まれていないといっても、演じている女優さんはそこら辺の人よりも綺麗だった。
「ほら、女の子ってこういうの好きそうだし。おめさんも好きかと思って。」
本当は、ハッピーエンドで終わる恋愛モノは好きじゃない。ドロドロとした、最後はバッドエンドで終わるようなそんな話が好きだ。この映画も、あまり見たいとは思わなかった。けれど私みたいな人間が、イケメン新開くんからのお誘いを断るのはとても失礼な気がして気が引けた。気付けば「私も見たいと思ってたよ。」と行く前提で返していた。
待ち合わせの十分前に着いたのに、新開くんはもう待っていた。「あ、遅れちゃったよね?ごめんね。」と謝っても、「俺が早く来すぎただけさ」と私の謝罪をやんわり包み込む。ゆっくり歩き出す新開くんの少し後ろを、まるで金魚のふんみたいに付いて歩けば、彼は黙って私の手を握り締めた。
「並んで歩くのは嫌かい?」
「そんなことはないけど、でも、」
じゃあ行こう、とさっきよりも笑顔で歩く新開くんの隣は息苦しかった。街行く人々は皆振り向き新開くんを見ていた。その隣にいる私なんか、トイレットペーパーの芯みたいな存在だろう。別に無くても困らない、けれど紙が無ければ皆困る。ショーウインドーに映る一組の男女は、まるで端から見れば恋人のようだった。しかしそこには美女と野獣ならぬ、美男子とトイレットペーパーの芯である。トイレットペーパーの芯に対しても失礼な表現かもしれないが、兎に角こんなカッコいい人の隣にいるだけで、普段より劣等感を感じた。新開くんは、私の隣にいて苦痛じゃないのかな。
映画の内容は陳腐すぎてあまり覚えていない。とりあえず結ばれて良かったね、としか思わなかった。しかし私とは対照的に、新開くんは興奮気味で感想をペラペラ話す。まるで自分の事のように。
「だよね」「分かる」「うん」「私も」その辺の返しを適当に使い、絶賛する新開くんの意見を尊重するように作り笑いで頷いてみた。
「ああいう恋愛、素敵だよな」
「だよね」
「運命の人と結ばれたら幸せだろうなあ」
「分かる」
「おめさんは運命って信じるかい?」
「うん」
急に無言になる新開くんに、私から話しかけるなんて恐れ多いので、黙って目の前のアイスティーを啜った。一呼吸置いてまた話す体勢に入る新開くんに、わたしもまた繰り返し相槌を打つ体勢に入った。
「俺さ、なまえが好きなんだ」
「私も」
咄嗟に出た相槌がそれだった。選択を間違えた、とすぐに悟った。思わず新開くんの目を見る。澄んだ瞳に映る自分の姿は、驚きと戸惑いと焦りがごちゃごちゃになって、明らかに困惑していた。違うの、今のはそう言うのじゃなくて。訂正する前に新開くんが口を開いた。
「フラれると、思ってた。」
両思いなんて、夢みたいだ。と美男子は言う。新開くんが、トイレットペーパーの芯みたいな私を好きだなんて。そんな夢みたいなことがあるわけないのに、それは映画の中だけの世界に決まっている。けれど、カランと音をたてながら溶けるアイスティーの氷が、これは現実だと突き付けてくる。
「絶対、おめさんのこと幸せにするから」
「…ありがとう」
私は今、上手く笑えてるだろうか。
140907
B専新開さん