※君を綺麗に愛したかったの新開目線
突然靖友に「失恋したことなさそうだよナ」と言われた。失恋?勿論あるさ。まさに絶賛失恋中の俺だぜ?
「なあ靖友、なまえってどう思う?」
「別にィ?福ちゃんが気に入ってるから良いんじゃナアイ?」
いや、そうじゃないだろ。俺が聞きたいのはそういう意味じゃなくて。喉元まで出かかった言葉をパワーバーと共に飲み込んだ。おそらく靖友に他意はない、それほど彼女に対して特に思うことがないということだろう。
なまえの話題を出せば、靖友は思い出したかのように呟いた。
「そう言えばさァ、噂流れてるけどォ。」
「ああ、俺とあいつがデキテルってやつだろ?」
「そうそれェ。放っておいていいのォ?」
別に構わないさ。と普段と変わらない口調で言えば、靖友は対して興味もなさそうに「フゥン」と言い、また携帯を弄りだした。おいおい、もう少し興味を持ってくれよ。これがきっと噂の対象が俺ではなく寿一なら、靖友は興味深々で聞くに違いない。まあ、なまえに興味を持たれても困るんだけどさ。
噂を流したのは紛れもなく俺だった。流した、というか告白されたときに「悪い、なまえがいるから」と断ればあっという間にファンが広めてくれた。お陰で手間が省けたぜ。別に俺は困らなかったし、なまえに知られたらそれはそれで何かしらアクションを起こそうと思っていた。が、そこまで上手くいくわけもなく何故か本人には伝わらなかった。言われたい放題言われているのにも関わらず、だ。あいつの周りの友達は、一体どういう神経してるんだろうな。
少女のような細い手足を目で堪能してから、少女にはない胸の膨らみに手をかける。柔らかいそれは、俺が揉みほぐすようになってから少し大きくなった気がする。
こういう関係になったきっかけは分からない。たぶん、なんとなくだ。お互いセックスに興味があって、思春期特有の好奇心で手を出したんだと思う。あまり覚えていないのはきっとなまえもだと思う。二回目に繋げるのはそれなりに苦労した。けれど押しに弱い彼女の好意を俺は悪用した。それがズルズルと続いて、今にいたる。きっかけはまあ最悪だけど、付き合ってしまえば構わないと思っていた。
そう、真波となまえが部室でキスしているのを見るまでは。
翌日呼び出して聞けば、付き合っていると真波は言った。なんでだよ、なんで真波なんだよ。噂を知ってる上で付き合う真波も可笑しいだろ。彼氏でもないやつとヤッてるアバズレ女と付き合いたいなんて、どういう趣味してんだよ。これだから不思議ちゃんは分かんねーぜ。
「ヒュウ!やるねぇ。なあ真波、俺となまえのウワサ知ってるかい?」
「知ってますよ〜、でもあくまで噂じゃないんですか?」
付き合ってるのは俺なんですよ、と言わんばかりのその笑顔が俺を苛立たせる。それが彼氏の余裕なのか?俺とお前の違うところは、彼氏であるかそうじゃないかだけで、あいつを想う気持ちは同じなはずだ。「ああ、そうだな。」真波を安心させるかのように、俺も笑う。
「噂はちょっと間違ってるよな、ただ俺とあいつはデキてるぜ?」
それを聞いても普段と変わらずニコニコしてる不思議ちゃんの考えが、俺には理解できない。もし俺が彼氏なら、他の男とヤッてるって分かったら許せないけどな。真波は、あいつと俺を許すのだろうか。しばらく沈黙の後、「それでも、彼氏は俺ですよ。」とだけ言い残して去って行った。彼氏、か。
そうだな、俺は彼氏でもないただの傍観者だ。
それからしばらくはなまえを抱かなかった。いや、抱けなかった。何度か誘おうとしたが脳裏によぎるのは、真波となまえのキスシーンで。確かに俺は、世間一般で言えばサイテー野郎だろう。けどな、真波があいつに惚れるもうずーっと前から俺は好きだったんだぜ?それを新入りに取られれば、いい気はしない。
そのうち、段々となまえが恋しくなって俺はまた彼女に手を出した。
ちゅ、ちゅ、と愛しく口づける。この唇を知っているのは、俺だけでいい。この身体も、なまえの色っぽい声も、なにもかも。ゆっくりと割れ目に自分のモノを宛がう。なまえは拒みもせず、俺を受け入れてくれた。けれど顔は、こんな行為早く終われと言わんばかりだ。
いつも行為が終われば、彼女の部屋に居座る。すると今日は盛大な溜め息を吐かれた。おいおい、そんなに俺が邪魔なのか。お前がいると邪魔って言いたいのか?わざとらしく心配そうな顔を作り、「どうした?」と聞いても彼女は何でもないの一点張りだ。
「何でもないのに溜め息なんか吐くわけないだろ。」
「乙女の悩みだから気にしないで」
乙女の悩み?それは真波に対する悩みじゃねーのか。それとも、俺のことか?半信半疑で聞いてみれば半分当たりだと彼女は言う。思い当たる節は、ある。というかこの関係を終わらせたいと、彼女は思っているに違いない。だから俺は、知らないフリをした。
「はは、おめさんを悩ますことなんてしてねーけどな」
「ああ、うん。無自覚なんだね。」
無自覚?この関係が良くないことは自覚はしてるぜ。ただそれを言ってしまえば俺たちは終わりだ。不思議そうな顔を作って彼女を見る。「参ったな。全く身に覚えがないんだが…俺、なんかしたか?」嘘をつくのは、少しだけ心が痛い。
「ウソウソ、ジョーダンだよ」
「そっか、」
なまえの考えていることが、分からない。真波みたいな、よく分からない思考回路に俺は困惑した。一緒に居ると思考も似てくるって、こういうことなのかと思うと悲しくなった。きっと俺となまえの思考が似ることは、これから先もない。
「おめさんも酷い女だな」
「どうして?」
俺が好きなのを知ってるくせに、と言っても彼女は曖昧に笑うだけだ。その顔が、真波と被ってイラついた。真波真波真波。なまえの彼氏は、真波。けれど今、お前をこうして組み敷いているのは真波ではなく俺で。そうだ、俺は彼氏でも何でもない。ただの傍観者だ。
「真波とは上手くいってるか?」
真波という単語を出せば、分かりやすいほどに彼女は動揺した。他人事のような口ぶりだと、自分でも思った。真波や彼女に対して罪悪感など感じない。それでも、心は痛かった。彼女の顔が、なんで?と言いたげだった。
「何で知ってるかって?」
「おめさんのことなら何でも知ってるさ」
「この前部室でキスしてたことも、付き合って1ヶ月経つこともな」
俺を呼ぶのは新開なのに、真波に対しては山岳なんだな。なんて呑気に考えていたとき、「ごめん」と彼女は言った。違う、俺が聞きたいのはそんな謝罪の言葉じゃない。カラカラに乾いたこの胸に、好きというその二文字とおめさんからの愛情がほしいんだ。
なまえを見れば、決意したかのように唇を固く閉じていた。今すぐその唇をこじ開けて、俺の舌の捻じ込んでやりたい。顔を近付けようとしたときに、彼女は口を開いた。
「あのさ新開、もう」
もうやめよう、となまえが言葉を紡ぐ前に咄嗟に「真波に言ったの、俺なんだ」と言ってしまった。本当は、言っていないけれど。そう、俺はあくまで真波に確認しただけだ。今思えば、真波は噂を知ってる上で付き合ってたんだから、俺がこの関係を言うまでもなかったと思う。まあそんなことをなまえは知らないんだけどな。「ジョーダンだよ」と微笑めば、彼女は「ああ、うん。」と気まずそうに俺から顔を逸らす。
「ごめん、新開。この後予定があるから、今日はもう帰ってくれない?」
「真波か?」
「…うん」
久しぶりに会うの。と呟く彼女の顔はどことなく赤かった。「真波を想えばそういう表情もするんだな。」まるで自分に言い聞かせるように言った言葉は、彼女には聞こえていないみたいだった。身支度を整え、「また連絡するよ」と言ってから部屋を出た。また、という言葉は今はお互い辛いだけだ。
寮に戻る途中、真波とすれ違った。とても楽しそうに彼女の部屋に向かう真波とは逆に、俺の足取りは鉛のように重い。
どう足掻いても、俺は彼氏にはなれない。
140908
結局誰も報われない。