過去は振り返らない、そう決めたはずなのに。


「その、靖友は好きだけど…遠距離とか無理だし。」


別れてほしい、そう言った時靖友は「そうかヨ」としか言わなかった。あの日のことは何度悔やんだだろう。高校三年間、ずっと靖友の隣で過ごした。自転車部のマネージャーも、靖友が自転車部に入ったからだ。その大切な三年間をなかったことにするなんてできるわけもなく、新しい環境の大学生活は靖友が隣にいないという事実だけが私の胸を抉った。同じ大学の人や年上の社会人と付き合ったりもしたが、結局は上手く行かず長くて半年しか続かなかった。何故靖友とは三年も続いたのだろうか。とくに気が合うわけでもなかったし、そこまでラブラブだった記憶もない。けれど、お互い隣にいて当たり前だったんだと思う。あの頃は「妥協」なんて言葉も知らなかったから、本当に嫌だったらとっくに別れていただろうし。考えても仕方ないか、とレポートがひと段落したところで私は休憩に入った。


靖友と別れてから一年が経った。
毎日課題やレポートに追われる日々で恋愛なんて全くだ。人肌が恋しくないと言えばウソになる。それでも靖友以外の男に対して関心も湧かなかった。せめてキュンとする出来事でもあればなー、なんて上の空で大学近くのカフェに入ったとき、よく知っている人がいた。


「え…しん、かい?」
「やぁ、久しぶり。」


店員から珈琲を受け取るその男は、間違いなく新開だった。久しぶりだね、と声をかければ向かいの席を指差された。おそらく座れ、ということだろう。私も紅茶を注文して新開の向かいに座った。


「おめさん、髪伸びたね。」
「ああ…高校時代はショートだったからね。」
「それで?靖友とはどうなんだ?」


大袈裟に眉をひそめれば、新開は不思議そうな顔をした。


「新開、それはどういう意味?」
「おめさん、靖友と付き合ってるだろ?」
「はぁ!?」


一瞬自分の聞き間違いかと思った。付き合ってたと過去形に言われるならまだしも、“付き合ってる”なんて現在進行形みたいじゃないか。「いや、靖友とは終わってるけど…」少しだけ気まずくて、視線を逸らしてそう言えば今度は新開が驚いたような顔をした。


「それ、本当か?」
「…靖友から何も聞いてないの?」


靖友は恋愛のことについては何も喋らないからな、と苦笑いする新開にわたしもつられて笑った。確かに彼は、そういうことをあまりペラペラ喋りたがるタイプでもないだろう。


「それでおめさん、今彼氏はいるのかい?」
「? いない、けど。」
「靖友と復縁する気は?」
「そりゃあ出来ればしたいけど、さ…」
「じゃあ同窓会をしよう。」
「っは?!」


良い機会だ、俺も靖友に会いたい。とイマイチ噛みあわない会話だったが、そのまま流れで来週自転車部で集まることとなった。しかし靖友がこっちまで同窓会のためだけに来るのだろうか、と新開に聞けば「絶対来るさ、おめさんに会いにな」とバキュンポーズ付きで答えてくれた。…新開は、一体なにを仕留めたいのだろう?


それから一週間などあっという間で、気付けばあと数時間後には新開が計画した同窓会の時間だった。久しぶりというのもあってか、東堂以外全員来れるらしい。東堂は今イギリスにいると、新開から聞いた。相変わらず巻島くんを追っているのか、と高校時代を思い出して微笑ましくなった。変に着飾るよりも、無難にワンピースを選び髪はハーフアップにした。

「駅前に19時集合な」

わたしは新開と事前に待ち合わせをして、二人で居酒屋に向かうことになっていた。何故現地集合ではないのか疑問に思ったけれど、新開の思考回路は理解しがたいので気にしないことにした。待ち合わせの五分前に着いて、辺りを見渡したが新開は見当たらない。先に来たのは私か、と思った時だった。


「あれェ、なんでここにいるわけェ?」


声がした方を見ればそこに居たのは新開ではなく靖友だった。「、え?」と間抜けな声で答えれば、靖友は理解したように「ったァく。余計なお世話なんだヨ」と顔をしかめた。


「んじゃア行く?」
「その、新開は?」
「あ?来ねェに決まってるジャン。」
「…はい?」
「だってアイツは、俺とお前を待ち合わせたかったみてェだし。」


待っても無駄だけど待つゥ?と嫌味たらしく笑う靖友の手を取って私は歩きだした。


「うわァ、なまえチャンったら大胆。」
「新開に会ったら絶対文句言ってやる。」


ケラケラと笑う靖友だが、わたしの心臓は今にも破裂しそうな勢いで脈打っている。靖友とまさかここで会うなんて、心の準備はしているつもりだったがいざ本人を目の前にしたら複雑だった。繋いでいる手から靖友の体温を感じて、ずっと触れたかったその温もりになんだか全身がむず痒く感じる。そのとき突然、パッと手を離されわたしは思わず立ち止った。


「ってかさァ、なんでそんなに普通なわけェ?」
「…それ、どういう意味?」
「そのまんまだけどォ。」

困ったような、怒ったような。よく分からない表情で聞く靖友に困惑した。普通なのは、どう見ても靖友の方じゃないか。忙しなく動く心臓が、痛い。指先までジンと痺れる感覚を誤魔化すために、ギュッと拳を握った。


「全然、普通じゃないよ。靖友が隣にいるだけでさ、すごく心臓がドキドキしてる。」
「……それって期待してもいいのォ?」
「いいよ、だってそういう意味だから。」
「ここで言うのもあれだけどさァ。」
「…うん」
「隣になまえがいなくて寂しかったヨ。」


ごめん、ごめんね。と訳も分からず謝る私に靖友は黙って胸を貸してくれた。別れを告げた事を後悔して過ごしてた、ずっと靖友に会いたかった。遠距離でもいい、たまに会えるだけでもいい。今更こんなことを言うのもずるいかもしれないけど、


「わたし、やっぱり靖友じゃなきゃダメ。」
「俺も、なまえだけだヨ。」


新開に礼言わねェとな、と頭を掻きむしりながら歩き出す靖友の後を追い、皆が待っている居酒屋に向かった。宙ぶらりんに空を描く彼の手をもう一度繋げば、照れながらも指を絡めてくれた。


「靖友ー」
「ア?なんだヨ」
「すき。」


触れるだけのキスをすれば、顔を真っ赤にして「っ、こんなとこでするんじゃねェ!」と怒る彼を、二度と離さないようわたしもしっかり握り返した。



140902
靖友はずっと待ってた。新開は二人を復縁させるという意味でバキュン。/恋愛標本様に提出
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