「ふーん、スーパーナチュラルの新シリーズ、レンタル始まったんだ」

肩にジャージを羽織ったまま、落とさずに入店した彼は、最近よく海外ドラマを借りる常連の、帰国子女ボーイである。実際、彼が帰国子女かは知らない。私の勝手なイメージだが、自信はある。あの凛としたラケットバックの背負い方、気品漂うジャージの羽織り方は、なんかもうタダ者ではない。それに、コバルトブルーの髪なんか絶対日本人じゃないだろ。と思うが、名前は(カードから調べた)幸村精市で、キャロルでもローラでもキャサリンでもなかった。その結果導き出した答えが、帰国子女ボーイなのだ。

「研修生ちゃん、またゆっきー来たね!」

そして彼は、私のバイト先では意外とモテている。今日シフトが被った先輩は、帰国子女ボーイのことを勝手に「ゆっきー」と呼んでいる。更には、帰国子女ボーイが来そうな日にシフトを入れる程、彼のファンなのだ。本当は「精ちゃん」と呼びたいらしいが、恐れ多くて呼べないらしい。先輩と彼の話で盛り上がっている中、突然お客さんに話しかけられた。

「ウォーキングテッド、ありますか?」

振り向けば噂の彼がそこにいた。聞こえたかな!と慌てふためる先輩を置いて、ウォーキングテッドが置かれている海外ドラマの場所まで案内すれば、不意に手を掴まれた。

「?!なっ、」
「さっき俺の話、してたよね?」

ばっちり聞こえてたんだけど、と微笑む彼は天使ではなく悪魔だ、いやこれは魔王レベルだ。急いで「悪口じゃなくて、その、」と弁解すれば、知ってる、と言われた。

「何で肩からジャージが落ちないの、とか、帰国子女ボーイなんじゃない、とか、ゆっきー格好良いよね、とか言ってたもんね」

彼は地獄耳だったのか!そりゃ「ゆっきー格好良いよね!」は先輩が結構大声で言っていたので、聞こえてるかもしれないが、帰国子女ボーイは私だけの隠語だから、レジにいる先輩にしか聞こえないように言ったはずなのに。彼を見ればニコニコと「で、俺に言うことがあるんじゃない?」と言い出しそうな表情だった。

「えーっと、あの、すみませんでした…」
「そうじゃなくてさ」

君の名前が知りたいんだけど、掴まれた手から伝わる体温は温かかった。咄嗟に研修生です、と告げれば「研修生、か」と彼は微笑んだ。

「俺が何で海外ドラマを借りるか分かる?」
「へ?えっと、好きだから…ですか?」
「まあそれもあるけどさ、」

そこで間を置いた彼は、突然顔を近付け、レジから見えない位置で私の額にちゅ、と口付けた。

「俺、結構研修生さんのことスキだから。」

そのまま、何事も無かったかのように彼は立ち去って行ったが、私は茫然とその場に立ち尽くしていた。ただ、今日彼と接してみて、一つ分かったことがある。

「絶対帰国子女だ…」

日本人ならあんなキザなことしない、絶対しない!額にチューとか、きっと欧米育ちなんだ。欧米ではチューとかハグは、挨拶らしいし。きっとあれは、彼なりのスキンシップなんだろう。白石くんみたいに、お店の店員と仲良くしたかったんだよ、きっと。と自分なりに結論を出してから仕事に戻った。次に彼と会った時は、私も親しみを込めて、ゆっきーと呼んでみようかな。
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